みそ(業務用)の日記

2017年08月27日 12時00分

緒方さんとキューちゃん

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発酵技師の緒方さんが九官鳥を買ってきました。とうとうさみしさに負けたのでしょうか。名前はキューちゃん。変にひねりたがる緒方さんにしてシンプルでよいのではないでしょうか。
「緒方ちゃん、けっこうなお値段だったけど即決してやったぜぃ。どうだい、ワイルドだろぉ」
いつものように納豆並みに粘っこく自慢してきます。
「モウヒトコエ!モウヒトコエ!」
呆れているとふいに甲高い声が聞こえました。さっそくキューちゃんがお喋りしだしたようです。お喋りというよりは暴露でしょうか。
「あぁっ、キューちゃんしーっ!それしーっなやつ!」
「ブンカツバライデ!ブンカツバライデ!」
ひょっとしたらキューちゃんは緒方さんよりも賢いかもしれません。

仕事以外はてんでちゃらんぽらんと評判の緒方さんでしたが、キューちゃんのお世話はきちんとしていました。
日々の餌やりに、籠の掃除。調子が悪そうなときには、深夜であろうと診てくれる動物病院を必死になって探していました。
それほどまでにキューちゃんは緒方さんにとって大切な存在だったのでしょう。家族といってもいいくらいに。

私たち発酵食品にとってもキューちゃんはよき隣人でした。発酵ラボでは決して羽をバタバタさせて飛び立たず、緒方さんが用意した止まり木にちょこんとたたずんでいました。
動きはしませんでしたが、まあキューちゃんのよく喋ること。人間だったら落語家にでもなればいいくらい話し好きでした。
私たち発酵食品がここまで言語を操れるようになったのも、キューちゃんのおかげかもしれません。妙ちくりんな言葉もたくさん教えられましたが。

キューちゃんの最後はあっさりとしたものでした。ふいに「オタッシャデ」と言うと、糸が切れたようにパタリと固い床に落ちていきました。
緒方さんはそっとキューちゃんをその手に包み込むと、肩を震わせていました。
私たちはなにも言うことができずに、ただただ見守りました。私たちには祈るべき神などいませんがこの時ばかりは、どうかキューちゃんが安らかでありますように、と縁もゆかりもない神様に心から祈りました。

今でもあの止まり木にキューちゃんがたたずみ、お喋りしてくれているような気がしてなりません。甲高くも心地よい、あの声で。