2022年06月05日 19時31分
上を向いておくれよ 前編
世の中には正体や真実を知ってしまえば、なんだと白けてしまうようなことが多々ある。幽霊だと思っていたのが木の影だったり、サンタが父親であったり、セックスより右手のほうが手軽で気持ちよかったり、尊敬していた上司が不倫していたりと、いくつになってもその手の失望はついて回る。そして知ることによってがっかりする反面、ちょっとホッとするような気持ちにもなる。
まあそんなもんだよなと納得し、その度に自分のどこかが鈍くなって、ちょっとやそっとのことでは動じなくなっていく。それを大人になると言うのかも知れない。
だから俺はこれも、そうしたものの一種だろうとたかをくくっていた。
「あれえ、どうしたのかな」
灯りを控えめにしたラブホの一室。ベッドの上に俺は大の字に横たわり、あられもなく広げた股の間から女の顔が見え隠れした。90分2万5千円のかおるちゃん。
俺がいわゆるデリヘルというものを呼ぶのは初めてのことだった。実物は写真とは異なる可能性がございますを地で行く、パネル詐欺というものが横行する業界だというのは噂に聞いていたから、吟味に吟味を重ねて選んだかおるちゃん。
部屋に来た彼女を見て、俺は内心でガッツポーズをしたものだった。かおるちゃんはいい意味で写真と異なっていた。太陽を知らずに育ったかのような白い肌に、ぱっちりとした目にすっきり通った鼻筋。それになんと言っても、ぽってりした唇の下についたホクロがエロい。
明るく人懐こい子で、口下手な俺の話も楽しそうに聞いてくれて、これならいけるんじゃないかと期待は否応なしに高まった。おしげもなく露わになった身体を見て、期待は確信へと変わった。AVやグラビアでしか見たことがなかった、男の夢とロマンが詰まったような身体がすぐそこにあった。
ウエストはきゅっとくびれているのに、ブラから解き放たれたおっぱいはぷるんと震えるほどの大きさ。その先っぽには思わず吸い付きたくなる淡い桜色の突起物。Tバックなんて初めて見たと言うと、こちらにお尻を向けて見せつけてくれた。腰回りの肉付きはほどよく、お尻はまさしく桃尻。むっちりした太ももが素晴らしい。
俺は心の中で快哉を叫び、かおるちゃんに手を引かれるがままシャワーを浴びた。首周りや胸元、それに当然あそこは念入りに洗われる。泡とやわらかな指の感触が気持ちよく、ずっと洗ってもらいたいくらいだったが本番はベッドの上だ。まだ焦るようなことはない。まだ何も、焦る必要なんかない。
この動悸は興奮によるものだ。
ベッドに寝転んだかおるちゃんに覆い被さり、キスしたりあれやこれやとなけなしの経験を総動員して攻め立てる。かおるちゃんは紹介文にあったように敏感なようで、下手くそであろう俺のあれやこれやにもいちいち声を上げて身をよじってくれた。演技なのかはわからなかったが、どちらにせよ好みの子にそんな反応をされては、あっさり昂ってしまうはずなのに。
「お兄さん上手。次はかおるの番ね」
軽くキスすると、かおるちゃんの手が俺自身に伸ばされた。そして小さく首をかしげられた。でもすぐに笑みを浮かべて舌を絡めて、やわらかな手付きで俺を仰向けにした。
乳首を長い舌でちろっと舐められただけで情けない声が出てしまう。それだけで敏感に反応し、しんぼうたまらんと膨らむのがわかる。こんなものが膨らんだところで、あまり意味なんかないのに。
「あっ、お兄さん乳首弱いの」
「ひ、人並みには」
「なにそれウケる」
ふふっと笑いながら、かおるちゃんは舌先でちろちろとねぶり、もうかたっぽの乳首も指先でなでたり引っ張ったりした。それに対して俺はもっと情けない声を出してしまう。これ以上ないくらい乳首は絶好調だ。
かおるちゃんは俺の反応ににんまりと笑い、手をそろそろと下に伸ばした。焦らすように太ももや内ももをなで回していた手が、それを握る。しかしそれは、絶好調の乳首とは正反対に軟体動物のようにふにゃっとしており、かおるちゃんは再び首をかしげた。
「は、初めてで緊張してるからかな」
俺の声は少し震えていた。たぶん顔も引きつっていた。内心は今までに感じたことのない類の恐怖に怯え、興奮とは別の種類の鼓動を心臓が刻んでいたのだから無理もない。自分が何ものでもなくなってしまうような、男としての存在を否定されるような、恐怖心に似た感覚。
「まだ緊張してんの、ウケる。いま元気にしてあげるからね」
彼女自慢の舌や唇を駆使した攻めを受けても、ぞくぞくとした快感が背筋を毛虫のように這い回るだけで、ピクリとも反応してくれない。湿った音が響く中、俺はあれに力を込めて無理やり元気にしようとしたが、暖簾に腕押しって感じでちょっとピクッとなるだけ。持て余すほどの力強さがあったのに、どうしてこんな。
「あれえ、どうしたのかなあ」
俺の心の声とかおるちゃんの肉声が重なって、苦笑いしてしまった。
かれこれ5分くらい奮闘してくれたかおるちゃんが不安げに表情を曇らせている。もう一度挑んでくれようとする彼女の肩を押さえて、俺は小さく首を振った。
「ごめん、もういいよ」
「でもお金もらってるし…」
俺の顔を困ったように見ながら、健気に手を伸ばしてさすってくれる。
「ううん、なんと言うかさ、俺ここのところ、勃たないんだ」
そんな彼女の顔を見ていたら、誰にも言えなかったことがぽろりと口をついて出た。
勃起障害、インポテンツ、ED。知識としては知っていたが、そんなもん気の持ちようでなんとでもなるだろと思ってた。エロい動画を見たり、実際に裸の女を前にすりゃよほどのじいさんでもない限りバキバキになるだろうと。
初めておやっと思ったのは、うるさいくらいに毎朝主張するそれがなくなったからだった。一日目はまあそんな日もあるさ、二日目はションベンがしやすくていいな、三日目になっていよいよこいつはどうしたと首を傾げた。もちろん寝ている間に放出されたりなんてこともない。
とは言え忙しい朝のことだしわざわざそういうことをする時間なんてなかった。まさかなと思いつつ日々の仕事をこなし、帰ってきたらあれとたわむれる気になれないくらいにはヘトヘト。帰りがけに買った半額弁当で飯を済まして気絶するように眠る。
でようやく訪れた土曜日。ぐっすり二度寝を決め込んで起きても俺の相棒は慎み深くうなだれていた。休みの日の朝くらいちゃんと向き合ってやらなきゃな。
久方ぶりにその手のDVDをセットし、相棒と語り合おうとしたものの。
「おいおい、どうしたんだよ」
いつもなら勝手に上を向くはずなのにまったく反応しない。いくら右の恋人でサポートしても結果は同じ。左でも試したがだめ。借りてきた猫のしっぽみたいにおとなしい。
腹が減っているせいかと思い、大盛りが売りの定食屋でにんにくたっぷりのスタミナ定食を食べてきても結果は同じ。
ことここに至って、俺の頭に2文字のアルファベットが有名映画のロゴみたいな感じで浮かび上がってきた。
「ED、ボッキセンワ」
世界一有名な宇宙人の真似をした俺の渾身のギャグは、心に寒々しい風を吹かせただけだった。
世の中には正体や真実を知ってしまえば、なんだと白けてしまうようなことが多々ある。俺はEDもその類に分類していた。でもその認識は間違いだった。こいつは頑固で手強い。
いとくず
正体が気になりますね。
2022年06月05日 19時45分
みそ(鳩胸)
いとくずさん 新手の宇宙人の仕業かもしれません。
2022年06月05日 20時09分