ミッソ・マングローブの日記

2022年01月10日 21時00分

また会えるから 南国から来た男

母に農作業を手伝わせることにした祖父。しかしまたもや、母は祖父の期待を裏切ることになった。
まず体力がない。これはまあ慣れないうちは仕方ないことだろうけど、母の場合は体力と同じくらい根性もなかった。
慣れる前にあっさりとへばり、祖父や農業研修に来ていた実習生に泣きついた。祖父は甘ったれるなと心を鬼にして振り払ったが、この実習生はサトウキビよりも甘かった。
フィリピンから来たというその実習生の名はホセ。浅黒くたくましい肉体に、南国特有の甘いマスクを持った青年だ。
母に頼まれると生来の陽気さで、ハイハイとなんでも引き受けてしまう。祖父は楽をすることを覚えた母に眉をひそめたが、母の境遇に同情もしていたのか、口を挟むことはなかった。
田舎の実家に子連れで戻り、ご近所の好機の目にさらされて肩身の狭い思いをしていた母が、南国生まれの頼りになる青年に惹かれるのは必然だった。
そう、母は祖父が思うよりも男好きで惚れやすい。愛が多いと言えば聞こえは良いが、なんというか、軽いのだ。

でも私もホセのことは好きだった。ホセはいつでも陽気で子どもにも優しく、私が母について農場に行くとよくかまってくれた。今にして思うと母へのアピールもあったのかもしれない。
たぶんホセも、祖父が思うよりも女好きだった。
ホセは母や祖父の目が私から離れると、それを見計らってお菓子をくれた。
「オカシアゲヨウネ」
浅黒い肌をした外国人が幼女にお菓子をあげると声をかける。このまま防犯の啓発ビデオにできそうな台詞と映像だ。
ホセが作業着の大きなポケットから取り出すのは、いつもうまい棒。味にこだわりはないようで、だいたいサラダ味かチーズ味。
でも最寄りのスーパーやコンビニまで車で20分もかかるような辺境の地で暮らす私には、1本10円の駄菓子でも、それは大いなるご馳走だった。日々の食事だって、出てくるのは畑で採れた野菜を中心とした漬物や薄味の煮物。
今にして思うと採れたての野菜なんてこれ以上の贅沢はないのだが、幼い私にとってはうまい棒のひと振りでカキンとふき飛ばされてしまう。私がホセに懐くのも無理はないだろう。
ひな鳥のようにホセの後については、南国の陽気な歌声に合わせて私もハミングした。ホセは私の歌を大げさに褒めてくれた。それで調子に乗って祖父の前でも歌ってみたら、じろりと睨まれた。

そんなホセにも嫌なところがひとつあった。それは私をだっこしたときに顕著にあらわれる。そう、体臭だ。
私たちも外国人からしたら臭うのかもしれないし、ホセも気になっていたのかもしれないけど、それはこのさい置いておく。郷に入れば郷に従えと言うし、幼稚園児だった私にそんなお互い様な配慮は浮かばない。
私を抱き上げて頬ずりするときなんかにはもう、南国の風が吹き抜けた。その国特有のものかホセ由来のなにかなのか、とにかくどこか野性味溢れるスパイシーな臭いがした。
「ホセ、カレー食べた?」
「イイエ、タベマセン」
ホセに抱きあげられるたびに、私はそう聞いていた。なんとも奥ゆかしい幼稚園児だ。
それでもホセのことは大好きだったし、私はカレーが好きだからと思えば我慢できた。
でもある日、仕事終わりの母に抱きついたとき、
「あれ、ママ、ホセのにおいがする」
母とホセはそわそわと目をそらし、祖父はわざとらしく咳払いをした。

幼稚園と農場を往復するあの日々が、私にとって一番幸せな日々だったかもしれない。寡黙な祖父はちょっと怖かったけど、母もホセも大好きで、幼稚園には友だちもいた。
このままこんな日々が続いていくと信じて疑うこともなかった。でも終わりはいつだって訪れる。
そう、ホセの研修期間が終わろうとしていたのだ。
子どもだった私にそれが直接伝えられることはなかったが、ある晩、布団の中で母が私に聞いた。
「ねえ、ここを離れることになったらイヤ?」
「なんで?どこに行くの?」
「遠い遠い、南の国、フィリピン」
「んーと、ホセの国?」
「そう、ホセとママと翼ちゃんの3人で行くの」
ホセはよく故郷について話してくれていた。そこは陽気なひとびとが暮らす楽園のような場所だったけど、幼稚園児には途方もなく遠い場所に思えた。今だって近くはないけど、それ以上に遠く、その遠さが怖かった。
「じいじはどうするの?みきちゃんやまなみちゃんは?」
「じいじは田んぼがあるし一緒に行けないよ。みきちゃんやまなみちゃんともお別れかなあ」
「やだ。みんな一緒じゃないと、やだ」
「そっか」
母はそれだけ言うと、私の頭をそっと撫でた。私は母が遠くに行ってしまうように思えて、必死にぎゅっとしがみつき、そのまま眠りに落ちた。
その翌朝、書き置きを残して母は家を出た。

荒子けんじ

悪い女だな、、苦笑

2022年01月10日 21時11分

いとくず

最初から最後まで良かった。この物語と文章好き。

2022年01月10日 21時25分

にゃかぴーちゃん

ママは後悔しそうな感じしかない(^∇^)

2022年01月10日 21時28分

キン肉痛マン@明日からダイエット中

ワタスもお菓子欲しい

2022年01月10日 21時30分

ミッソ・マングローブ

荒子けんじさん なかなか自由なひとです。

2022年01月10日 21時41分

ミッソ・マングローブ

いとくずさん ありがとうございます、自分でも書いてて楽しかったです。

2022年01月10日 21時43分

ミッソ・マングローブ

にゃかぴーちゃんさん そのときそのときを生きているひとです。

2022年01月10日 21時44分

ミッソ・マングローブ

キン肉痛マン@明日からダイエット中さん 駄菓子屋さんに行きましょう。

2022年01月10日 21時44分

τеκιτσμ

これは子供はショックやろなあ…
「幼い私にとってはうまい棒のひと振りでカキンとふき飛ばされてしまう。」っていう文章良いですねᐛ

2022年01月11日 20時06分

ミッソ・マングローブ

τеκιτσμさん 愛に生きる母を持ってしまったものですなあ…。
ありがとうございます、子どもにとってうまい棒は無敵の存在です。

2022年01月11日 20時13分