みそ(鳩胸)の日記

2019年12月01日 19時51分

私ののぞみ

私はひとりぼっちだった。
皆がはしゃいでいる幼稚園の中庭で、私はひとりベンチに腰かけていた。先生が言うから仕方なく外には出たけど、私は教室で絵本を読んだり絵を描いたりしていたかった。
少数派にはかわりないが、それならひとりでいてもそれほど目立たない。日の当たる中庭でぽつんとひとりなんて、惨めな思いを味わわなくていい。
狭い幼稚園の中に私の居場所はなかった。仲良さげに遊んでいる皆と私の間には、透明な壁があるように思えた。目には見えないけど、固くて頑丈な壁が。
皆がいる側は明るくて色鮮やかで、私のいる方は暗くて地味で、そこにいる私を誰にも見つけてほしくなかった。だけど、たまに、魔が差したように、誰かに皆のいる方に連れ出してほしいと、そんな叶わぬのぞみを抱くこともあった。
私には友だちの作り方がわからなかった(今でもよくわかっていないけど)。皆と一緒に遊ぶ自分をイメージできなかったし、どう声をかけていいのかわからなかった。
そういうのが載っている絵本はないかとたくさん読んだけど、たいていはすでに関係が出来上がっていたり、劇的な何かの末に友情が芽生えていて、面白くてもあまり参考にはならなかった。
だから私はどう言えば友だちになれるのか、頭を捻って言葉を考えた。だけど一緒に遊ぼうとか、なにしてるのとか、そう声をかけるのはひどく不自然で恥ずかしいことに思えた。
「こんにちは」
だからまさか、
「よかったら一緒に遊ぼうよ。おままごととかあやとりとか」
自分にそんなことを言ってくるやつがいるなんて思ってもいなかった。まさか、叶わぬのぞみが、現実になるなんて。

その子、倉前希美はそれからもしつこく声をかけてきて、気がつけば私は笑っていることが増えていた。希美以外の子とも少しずつ距離を縮められた。
私は暗い場所から抜け出して、皆がいる明るい所にいた。希美が私の手を引いて、光の当たる場所に連れ出してくれた。初めて握ってくれた手のあたたかさを、今でも覚えている。
私よりも背が低いくせによく動いて、なにかしては笑って、転んでは泣いて。そんな希美といると世界は楽しくてわくわくすることばかりだった。私は幼稚園に行くのが楽しみでたまらなくなっていた。
私にとって希美は初めての友だちだった。あの透明な壁が打ち破れるものだと教えてくれたひとだった。
狭い幼稚園の中に私の居場所ができた。希美の隣になら、私も居ていいように思えた。
希美は優しい子で、怒っているところをあまり見たことがなかった。だから希美が私に怒ったあのことは、今でもよく覚えている。

あれはお絵かきの時間のとき。私は出来上がった絵を先生に見てもらおうとしていた。
それはよく描けた自信作で、早く先生に見てもらいたくて私は急ぎ足になっていた。だから不注意にも、誰かの椅子に足を引っかけてしまった。
私は転ばずに踏みとどまれたものの、その子はバランスを崩してしまい、手に持った赤いクレヨンがしゃっと画用紙を走った。
その子が描いてた絵は台無しになった。私が台無しにしてしまった。
「わあああん!」
火のついたように泣き出したその子に皆が注目した。すぐに先生が駆け寄り、どうしたのとその子をあやした。
すぐに謝るべきなのに、私はなぜか謝れなかった。間違いなく私が悪いのに、だってわざとじゃないしとか、そんなふてくされたことを考えていた。
だけど胸には、罪悪感が鉛のように重くうずくまっていた。
「かりん」
気がつくと、希美が怖い顔をして私の前に立っていた。顔は赤くなり、握りしめた手はぶるぶると震えていた。
「わたし見てたよ。あなたがぶつかったせいでしょ。ちゃんと、あやまって」
「わざとじゃない」
「かりん!」
普段は出さないような大きな声。目には涙がたまっていた。
「あやまりなさい。悪いことしたって、思っているんでしょ」
震えていたけど、しっかりした声で希美は私を叱った。私は泣きそうになりながらも、その子に向き合った。
「ごめん、なさい」
「ううん、いいよ」
その子は泣きながら私のことを許してくれた。胸の鉛がすっと消え去った気がした。
「よく許してあげたね。えらいえらい」
そう言ってその子をほめる先生の真似か、
「よく謝れたね。えらいえらい」
そんなことを言って希美は私のことをほめてくれた。いつの間にか泣いていた希美に釣られ私も泣いてしまった。

あんな風に本気で友だちから怒られたのはあれしかない。誰だってそんな嫌われ役やりたくないし、先生とか大人がいたらその人に任せようと思うだろう。
だけど希美は、きっと私のことを思ってそうしてくれた。たぶん、誰かに本気で怒ったことなんてなかっただろうに、私にそれをくれた。
希美のことは今でも大切な、特別な友だちだと思っている。別れはあんな風になってしまったけど、きっとなにか事情があったんだって、そう思っている。
もしもまた、いつかあなたに出会えたら、今度は私から声をかけよう。あの日あなたがそうしてくれたように、ちょっと緊張しながら、でも、にっこり笑って。

Mr.Orange

泣きました

2019年12月01日 20時21分

みそ(鳩胸)

Mr.Orangeさん 読んでくれてありがとうございました。
そう言ってもらえると書いたかいがあります。

2019年12月01日 21時12分