2019年02月11日 21時28分
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自らの内に生じた残酷な衝動に戸惑うお兄ちゃんの前に、娘が現れたのは必然だったのだろうか。もしも娘と出会わなければ、彼はそれを解き放たず、押し殺し続けることができたかもしれない。けれどふたりは出会ってしまった。
日曜学校の帰り道、どこからか甲高い悲鳴のような声が聞こえた気がした。普段ならば動物かなにかの鳴き声だろうと無視してしまうところだが、その日はあまりにも紅い夕陽のせいか、その正体を突き止めてやろうという気になった。
声が聞こえてきた方に進むと荒れ地に佇むボロ小屋が見えた。真っ赤な夕陽に照らされ、異様に長く伸びた影がどこか不気味に揺れる。今にも崩れ落ちそうなそれは、元は農具をしまっておく納屋のようだった。
足音を殺して小屋に近寄ると、中から水の詰まった皮袋を叩くような鈍い音と低い笑い声が聞こえてきた。斧で抉られたような壁の隙間を見つけて彼は中を覗きこんだ。
小屋のなかには錆びた農具の残骸や腐った藁が転がり、みっつの子どもくらいの背丈の人影が何かを取り囲んで蹴っているようだった。
角度を変えて覗くとピントが合ったように中の様子が鮮明に見えた。土が腐ったようなすえた臭いが漂うなか、彼は小屋の中で何が行われていたのか理解した。
囲んでいたのは少年で、蹴られていたのは少女だった。どちらも日曜学校で見た顔だ。少女は野犬でも追い払うようなぞんざいさで腹を蹴られている。
ぐったりとし蹴られる度に低く呻き、もう助けを呼ぶ気力もないらしい。あるいは最初からそんなものは来るはずがないと諦めているのか。その目は暗く濁っていた。
それを見て彼は義憤を抱くよりも先に、あのやわらかそうな腹を蹴ったらどんな感触がするのだろうと考えた。
きっとぐにゃりと爪先が腹にめり込み、この子は苦しそうに呻いて僕を見上げる。夜の底のように暗く濁ったあの目で。やめてと懇願するでもなく、ただ僕を見つめる。
想像しただけで背筋が痺れるような感覚に貫かれ、彼は身震いした。