2019年02月02日 20時56分
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狭い村の中で娘の家の不幸な事情は知れ渡っていた。同情的な意見は少なく村人たちは関わりを避けるようにしながらも、次はどんな不幸があの家に訪れるのかさりげなく観察し聞き耳を立てていた。
自分の身に降りかからない不幸はしょせん喜劇でしかない。娯楽に乏しい寒村とあってはなおさらのことだ。
大人たちのそんな雰囲気は子どもたちに伝わり、そのせいで娘は幼稚な嗜虐心の生け贄に選ばれた。娘がなにをされていても大人たちは見て見ぬふりをする。例え娘を囲んで小突き回していても、仲のいいことだと薄ら笑いを浮かべて通りすぎていく。
そんな大人たちの背中に娘は救いを求めたが、手が差しのべられることはないとわかると呪詛の言葉を頭で唱え、それも無駄とわかるとやがてなんの感情も抱かなくなった。娘の目の奥に潜む暗闇は日に日に深くなっていった。
そんな娘にとって唯一の安らぎは日曜学校だった。老いた神父の説く教えはよくわからなかったがそこに行けば優しいお兄ちゃんがいた。
娘は日曜学校でも子どもたちから虐げられていた。子どもは自分と違うものにとことん残酷になれる。教会に飾られている子どもの姿をした天使の絵を見るたびに、娘はこんな絵は出鱈目だと思った。
あいつらに生えているのはこんな純白のきれいな翼じゃなくて、どす黒く汚れた蝙蝠みたいな羽だ。これを描いた画家は幸運なことにそれを知らなかったのだろうと絵を睨み付けた。
娘へのいじめは言葉だけで済む日もあれば近くにある池に突き落とされたり、石を投げつけられる日もあった。暴力を振るわれるときは顔ではなく、目立たない腹や背中を痛めつけられた。
お兄ちゃんはそんな心ない子どもたちの悪口や暴力から身を呈して娘を庇ってくれた。お兄ちゃんを前にすると娘の目の暗闇に少しだけ光がさした。
「大丈夫かい。なにか嫌なことをされたらすぐ僕に言うんだよ」
お兄ちゃんが娘に向ける笑顔はやさしく労るようだった。その目はどこか、飼い主が愛玩動物に向ける目と似ていた。