2018年08月11日 06時29分
朝はパン パンパパン
タグ: 夏美の家出
不思議な家出から一月が経ち、私は中学生になっていた。変化に戸惑うばかりの毎日が終わり、着なれない制服や難しくなった授業にもようやく慣れてきたところだ。
お父さんとふたりだけだった生活にも変化が訪れた。もちろん、いい変化だ。
「おはよう、夏美」
「おはよう、お母…さん」
麻里さんをお母さんと呼ぶことに、まだ慣れなくてはにかんでしまう。
私は『お母さん』のエプロンをつけて、台所に立つお母さんの隣に並んだ。『お母さん』のにおいが消えてしまうのが嫌で、これまで使いもしなければ、洗濯もしていなかった形見のエプロン。
だけど『お母さん』は私の胸のあたりにいて見守ってくれていることを、お姉さんが教えてくれた。だから私はエプロンを使う決心がついた。きっと『お母さん』も、その方が喜んでくれるような気がした。
使うと決心したからには、すっかりくすんだ花柄になってしまったエプロンを洗わなければならなかった。
なんとなく洗濯機に入れて洗うのは嫌で、お風呂場で手洗いをすることにした。バスタブに張ったぬるま湯にエプロンを浸けると、水が薄めのミルクティみたいに濁った。それが私の中にこびりついていた悲しみや不安や喪失感、そして『お母さん』の家族を残していってしまった悔いのように思えて、涙が止まらなくなった。
お母さん、もう大丈夫だから。もう悲しくないってい言ったら嘘になるけど、私はもう前を向いて歩いていけるから。だから安心してね。
そんな願いを込めて両手でやさしく、丁寧に洗うと、エプロンの花柄が鮮やかな黄色に咲き誇った。お母さんがにこっと、笑ってくれたような気がした。
「さて、朝ごはん何を作ろうかしらね」
「今日は日曜日で時間もあるし、フレンチトーストにしない?」
「言うと思った。夏美の大好物だもんね」
くすくすと笑うお母さんに、私は満面の笑みで答えた。
「うん、大好き!」
だって、大切なひとが教えてくれた料理だもん。一緒にいられたのは少しだけだったけど、私を前に向かせてくれた、大切なひと。
思い出すと胸があたたかくなってそれと同じくらいきゅっとするけど、なんとなく、いつか遠い日にまた会えそうな気がする。だから私はその日までに、お姉さんにたくさんのことを話せるようになっていたいと思う。
フレンチトーストみたいに甘くてうきうきするようなことばかりじゃなくて、コーヒーみたいにほろ苦くしんみりすることもあるだろう。だけどそれもいつかお姉さんに聞いてもらえると思えば、少しだけまろやかになるような気がする。
ひょっとしたらフレンチトーストよりも甘い、恋の話なんかもできるようになるかもしれない。少し照れ臭いけれど、それもお姉さんに聞いてもらおう。もしかしたら素敵なアドバイスをくれるかもしれないし。
そう思ってくすりと笑うと、やわらかな春の風がエプロンをふわりと揺らした。
とことこ
エプロン洗うとこ泣いた;;;;;;
2018年08月11日 06時46分
みそ(鳩胸)
とことこさん なかなか切ないですよね。
2018年08月11日 07時49分