2018年08月05日 21時00分
微発酵探偵ミソーン 第九発酵
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マスターに礼を言って喫茶店を後にした俺は、少しばかり寄り道をして愛しの探偵事務所へと帰って来た。もうすっかり太陽は沈みかけていて、窓を開けるとさわやかな風が入ってくる。
夏の太陽がぎらぎらと照りつける生命力に溢れた真っ昼間も嫌いじゃないが、やけにおだやかで子守唄みたいに優しい夕暮れには敵わねえな。わけもなくノスタルジックな気分にひたれちまう。
どうやらあずきはまだ帰って来ていないみたいだ。猫の額くらいの狭い事務所だ、わざわざ呼びかけなくともわかる。あずきが追っかけていった猫がとらさんで、そんでもって連れてきてくれでもしたら最高なんだがねえ。
まさか逆に捕まっているなんてこたあないと思うが。
「あら、もう帰ってたのねミソーン」
猫用の扉からあずきに続いて、虎柄のふてぶてしい面構えをした猫がのそのそと入ってきた。
「おう、お帰りあずき。上手くやったみたいだな」
「う、うん、まあね。私の手にかかればこんなの朝飯前よ」
歯切れの悪い返事をするあずきをからかうように、虎柄の猫が尻尾を揺らしながらにあと鳴いた。あずきは威嚇するようにしゃっと鋭く鳴いたが、虎柄の猫はどこ吹く風で顔を洗っている。
「あれはたまたま、事故みたいなものよ…」と悔しげに呟くあずきからなにかあったのだろうと察したが、聞かぬが花だろう。
「ああ、それで、そちらさんはとらさんでいいのかい?」
「ええ、そう。ソイが探しているとらさんよ」
あずきの言葉を受けて、とらさんがにゃあとさっきより親しみのこもった感じの鳴き声をあげ、鼻を擦りよせて俺の手のにおいを嗅いだ。
あずき曰く嗅覚の鋭い猫はこれでだいたいのことがわかるらしい。俺にもそんな能力がありゃあ、探偵業も楽になるものをなあ。羨ましいかぎりだぜ。
「よろしくな、とらさん」
俺の言っていることがわかるかのようにとらさんは小さくうなずくと軽くからだをこすりつけて、行儀よくソファーに座った。座り心地のいいお客様用のソファーに。
普段はそのソファーをお昼寝用に使っているあずきが不満げに鳴くも、とらさんは昔からそのソファーは自分の特等席だとばかりにゆったりとくつろいでいる。人語を解する知恵のあるあずきをやり込めるとは、並の猫じゃないな。
腰を落ち着けて話をしようととらさんの向かいのソファーに腰をおろすと、あずきがひょいと膝の上に乗ってきた。普段は猫なで声で呼んでも見向きもしないやつが珍しい。
よっぽど悔しい思いをしたんだなと苦笑いし撫でてやろうとすると、猫パンチでぺしりと叩かれた。それはどうやら違うらしい。
やれやれ、猫心ですらさっぱりだというのに、そこに女心まで加わったんじゃあお手上げだぜ。