2018年08月04日 22時10分
花火の夜に
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すっかり広くなってしまった部屋で男は深くため息をついた。もう夜にもなろうというのに明かりもつけず、部屋を照らすのは開け放した窓から入ってくる頼りない西日だけだ。
窓辺に座った男は膝を抱えて空を眺めた。夕陽はもう低くなっていて見えず、濃い茜色を残した空にはすでに夜の予感が漂っていた。
夏の夜の湿ったような甘いにおいが部屋を満たしていく。どことなく懐かしく、過去の記憶を連れてくるにおい。
友だちと虫捕りやプールで遊んだこと。縁日ではぐれないように繋いでくれた父の手が大きかったこと。勇気を出して初恋の相手をデートに誘ったこと。
そして、この部屋で大切なひとと一緒に花火を見たこと。
すべては思い出の海の中にきらきらと輝き、日常が立てる大きな波にさらわれて見失ってしまうもの。常に見えていては眩しすぎて、目を開けていられなくなってしまう類いのもの。
夜でも夕でもないそんな時間だったから、男は澄んだ気持ちで過ぎ去ったときを見つめることができた。甘く切なく胸を締め付けられても、男は心に焼き付けるように見つめ続けた。
もう二度と戻れないし、戻らないものだと、悲しいくらいにわかっていたから。思い出の中でしか出会えないものに、あと少しだけ、一秒でも長く、どうか。
遠くで上がった花火の閃光が、無情にも男の姿を照らし出した。
みそ(鳩胸)
ありがとうございます!
無い知恵絞って考えたところをそう言ってもらえると書きがいがあります。
2018年08月04日 22時30分