みそ(業務用)の日記

2018年07月22日 21時00分

微発酵探偵ミソーン 第五発酵

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暑さにひいひい言いながら緩やかな岬の坂道を上ると、目的地にたどり着いた。猫喫茶らしく店の周りには木で組まれた猫の遊び場があり、数匹の猫が戯れている。
俺のことをちらりと見たが、すぐにぷいと顔を背けて遊びに戻っちまう。客に媚びないところがいいねえ。
すぐに店に入ってもいいがこんなに潮風が心地いいんだ、焦ることもないだろう。ちょいとここから見える景色でも見ておこう。
そう思い店の裏手に回り込むと屋根付きのテラス席の向こう、岬の突端に花に囲まれた墓がぽつんと立っていた。潮風に吹かれているものの汚れはなく、よく手入れされていることが見てとれる。
「おや、お客さんかい」
からんと扉の開く音とともにさびた声が聞こえてきた。振り向くと、白シャツに濃いブラウンのベストを着こなした初老の男がテラスに立っていた。粋な蝶ネクタイに髭まで決まってやがる。この人が噂の粋で渋い猫喫茶のマスターに違いないな。
「それは僕の妻の墓だ」
何気ない口ぶりでマスターが教えてくれる。
「そうだったのかい。拝ませてもらっても」
「ああ、もちろん。妻は、ナギサは人も猫も好きなやつでね。きっと喜ぶだろう」
マスターは言いながらテラスを降りて墓前にひざまづいた。俺もマスターと並んでひざまづき、ナギサさんの冥福を祈った。
「ナギサはここから聴こえる波のほどける音が好きだったんた」
立ち上がるとマスターは耳を澄ませるように目を閉じた。俺もマスターに習い目を閉じ耳を澄ませると、ざざーんと打ち寄せる波がしゃらしゃらとほどける音が耳をくすぐった。
「こいつは確かにいい音だ。この音を聴きながら飲むコーヒーはさぞかしうまいんだろうな」
「ああ、保証するよ。なんせナギサが一番愛したものだからね。座って待っているといい」
マスターは自信ありげににやりと笑った。
「そいつは楽しみだ」
「そうだ、そのクッションが置いてある椅子には座らないでくれよ。そこは妻の特等席でね」
穏やかな口調だったがマスターの目は真っ直ぐだった。
一番よく海を眺められそうなテーブルの前には他のテーブルの丸椅子と違い、クッションに肘掛け付きの座り心地の良さそうな椅子が置いてあった。よっぽどベタぼれだったんだな。
「承知したよ」
苦笑いしながら答える俺に、マスターは満足そうに頷いて店に戻っていった。