みそ(業務用)の日記

2018年07月20日 21時00分

微発酵探偵ミソーン 第四発酵

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こうしてソイからとらさん探しを引き受けた俺とあずきは、炎天下のなか鈴ヶ浜まで調査に訪れたわけだ。
「浜辺にごろごろと転がってる岩に波がぶつかって弾ける音が鈴の音みたいだから、鈴ヶ浜って言うらしいぜ」
「へえ、よく知っているじゃない」
「いや、適当だ」
物言いたげなあずきに構わず周囲を観察する。観察することは探偵の基本だからな。
岩の多い浜辺にはバーベキューをする若者たち意外に人影は見えない。近くには岩がなく、ここよりもはるかに広い海水浴場があるから皆そっちに行くのだろう。
それならこいつらもそっちの海水浴場でバーベキューをしたらよさそうなもんだが、なにかこだわりでもあるのかねえ。
浜の右手から少し突き出た岬の先端部分に、洒落た雰囲気のログハウスが見える。
「あれが例の岬の猫喫茶か」
「ええ、そうみたい。潮風に乗ってたくさんの猫のにおいがする。お肉の焼けるにおいもね」
猫のにおいはわからんが、肉の焼けるこうばしいにおいはたまらんな。若者どものバーベキューはたいそう盛り上がっているようだ。
「とらさんはマスターのもとに戻っているのかしら」
不安そうに髭を揺らしながらあずきがつぶやいた。
『とらさんはおじいちゃん猫だからマスターにお別れを言いに行ったのかもしれません。ひょっとしたら最後もマスターのもとで…。もしそうなら、私が迎えに行ってもとらさんを困らせてしまいます。とらさんは義理堅い猫ですから。だからミソーンさんに見てきてほしいんです』
ソイは肩を震わせながらそう言っていた。まったく、ソイだって最後までとらさんのそばにいたいだろうに、お子さまのくせに痩せ我慢しやがって。
そういう痩せ我慢は嫌いじゃないが、子どものうちから覚える必要なんかない。大人になりゃ嫌でも身に染み付いちまうもんだからな。
「さてな。もしいたら、ソイにちゃんとお別れしてからにしなって叱ってやるさ。いなけりゃ探偵の本領発揮ってなもんだ」
「あら、ミソーンにしては頼もしいこと言っちゃって」
「おっ、惚れ直したかい」
「猫になって出直してきたら考えてあげる。ってさっきからうるさいわねあの連中」
酒も回ってハイになってやがるのか、バーベキューをしている若者どもはうるさいだけが取り柄の音楽を大音量でかけ、猿みたいなばか笑いをしてやがる。まったく、あれじゃただのバカ者だな。
「ちょいとお楽しみが過ぎるな」
眉をひそめて見ていると、ひとりのバカ者が集団から抜け出して、こそこそと周囲を伺いながら岩影へ消えていった。用を足しに行ったにしてはやけに警戒した物腰だ。
「気になるわね、見てこようか」
「ああ、頼んだぜ、あずき」
答える俺の足元をさっと影が横切った。目で追うとそれは五匹の猫だった。
疾風怒濤の勢いでお楽しみ中のバカ者たちに突っ込むやいなや、皿をひっくり返したりラジカセを倒したりと、目にも止まらぬ早業で暴れまわった。
とりわけ先陣を切った猫の働きはすさまじく、高くて重そうな肉の塊をテーブルからひらりと落として砂まみれにし、バッグやら財布やらを海に放り込み、極めつけには炭火が焚かれたコンロを豪快に倒しちまった。灰やら砂ぼこりやらが吹き荒れる砂浜には、さっきまでのバカ騒ぎの欠片もない。
「おお、やるなあの猫」
「ちょっと待って、ミソーン!あの猫、虎柄よ!」
次々に伸ばされる手をひらりひらりと華麗にかわしている猫をよく見ると、確かに黄色と黒の虎柄だった。
「へえ、あいつがとらさんなのかねえ」
あらかた楽しいバーベキューを荒し尽くすと虎柄の猫の野太い鳴き声を合図に、猫たちは一目散に逃げ出した。
「わからないけど追いかけてみるわ。ミソーンは喫茶店の方をお願い」
「気をつけてな、あずき」
かごを飛び出したあずきは軽く尻尾を振って答えると、矢のように駆けていった。虎柄の猫たちを追って、黒い背中がみるみる間に遠ざかっていく。あずきならすぐに追い付くだろう。
バーベキューを台無しにされて嘆く若者たちを尻目に、俺は足取り軽く岬の猫喫茶に向かった。