2017年12月18日 21時41分
雪のように 前編
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雑踏の中に君によく似た背中を見つけた。か細く生真面目で、掴もうとすると雪のように消えてしまいそうな、脆く儚い背中。
君じゃないとわかっていても、未練がましく目で追ってしまう。もうこの街のどこを探しても、君はいないのに。
いつもの駅のベンチ。そこで君と話すことはもう、ないのだろう。
終電も間近の駅のベンチに腰掛けて、音もなく透明な涙を流している。それが初めて見た君の姿だった。
声を出すことも肩を震わせることもなく、ただ涙を流していた。どこか凛とした美しさがあるその姿に僕は惹かれた。
近づいてハンカチを差し出すと君は驚いたように目を見開き、澄んだ声で礼を言って受け取った。
君は軽く涙を拭って「ふられてしまったんです」と呟いた。
「ごめんなさい、いきなりこんなことを言われても困りますよね」
迷子のようにそう言う君は、ひどく切なく見えた。行き場を失った想いを抱えていたからだろうか。
「電車が来るまででよければ、話を聞かせてください」
一人分の距離を置いてベンチに座った僕を見て、君はさっきよりも柔らかな声音で礼を言った。
それから僕は君と、何度かそのベンチで話をした。天気やニュースといった当たり障りのない話から、恋愛や思想などの込み入った話まで。
しかしお互いの名前だけは聞かなかったし、言わなかった。名前を知ってしまえば、魔法がとけるように消えてしまいそうだったから。きっと僕たちはそんな思いを共有していた。
名前も知らないけど、何でも話せる隣人。
それは他人から見たらひどく不可解な関係だろう。だけど僕たちにはその関係が心地よかった。
君は恋多いわりに、男を見る目があまりよくなかった。
プライドだけは高い売れないミュージシャン。自分にしか興味がない俳優の卵。夢ばかり語る自称漫画家。そんなのばかりだ。
「自分には語れるものが何もないから、そんな人たちに惹かれるのかもしれない」
遠くを見るような目をした君は、確かなものを探しているように思えた。なにがあっても決して揺るがない、そういう類いのものを。
君は誰かと同じものを見つめて、自分にもそれがあると思いたかったのだろう。いわゆる夢とか希望とか呼ばれるものが。
淡雪のようにささやかなものだと、わかっていても。
osamu
読ませる文章ですごいです
続きが気になる…!
2017年12月18日 21時51分
みそ(鳩胸)
いつもとだいぶ毛色が違うものですが、そう言ってもらえてよかったです。
続きは明後日の予定です。
2017年12月18日 22時20分