みそ(業務用)の日記

2017年12月15日 20時40分

裸生門 五

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飲んだくれ通りはその名が示すように、飲み屋が軒を連ねる通りである。年中歩行者天国となっており、朝から晩まで酒飲みで賑わう。
夜になると道の両脇に吊るされた提灯がお祭りのように通りを照らし出す、桃源郷のような場所だ。
すっかり夜も更けてご機嫌な赤ら顔が闊歩する通りの入り口に立った正男は、尻を引き締めて老婆の言葉を思い出していた。
『ワタクシが服取りの翁から取り戻してほしいのは、薄桃色のジャケットでございます。まずは翁をおびき寄せるために、たらふくお酒を飲んでくださいまし』
正男の尻ポケットには老婆から酒代だと渡された諭吉さんが入っていた。このお金でタクシーでも呼んでとっとと家に帰ればいいものを、根が真面目な正男にその選択肢は考えつかなかった。
服取りの翁を尻相撲で見事打ち破り、それを見た尻フェチのおなごたちに言い寄られてハーレムも夢ではない!とむしろ不埒な野心を燃やしていた。

「なんだか妙だなあ」
入る店を物色しながら正男は呟いた。初めて来る場所のはずなのに、どこか見覚えがあるような。
青大将という時代がかった暖簾をぶら下げたお店。最近出来たようなメイド酒屋モエモエなるお店。どちらも興味をそそられた気がする。
「デジャヴと言うやつかな。いやいや、気のせいだろう」
優柔不断で見る者をやきもきさせることにかけて右に出るものがいない正男は、とりあえず通りを見て回ってから決めよう、とどちらも華麗にスルーした。
ご機嫌な人々の間を歩くうちに自らもほろ酔い気分になった正男は、すぐに違和感を忘れて散策を楽しんだ。とことん雰囲気に流されやすい男である。
そろそろ入るお店を決めようかしらと正男が脳内会議を繰り広げていると、なにやらざわめきが伝わってきた。
「おい、服取りの翁が出たらしいぜ!」
「ほんとかよ、尻相撲を見逃さないように早く行かないと!どこに出たんだ?」
「屋台広場らしいわ。早く行きましょ!」
これは服取りの翁を見るチャンスだ。なんならその場で翁に挑戦し、老婆の願いを早々にはたしてやろう。
そう意気込みながらも、楽しげな周囲の人々の雰囲気に飲まれて浮き足立つ正男であった。