2017年12月09日 19時53分
裸生門 四
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「服取りの翁を知っていますか?」
「服取りの翁?はて、なにやら聞き覚えがあるような…」
服取りの翁という名前を聞いて正男は何かを思い出しそうになったが、シャボン玉のようにぽんと消えてしまった。
「そうですか、それではまず服取りの翁について説明してやらなくてはなりませんな」
そんなことも知らないのかと小馬鹿にした老婆の様子に正男は少し腹が立ったが、大人しく話を聞くことにした。服取りの翁という名前がやけに頭に引っ掛かっている。
「服取りの翁は飲んだくれ通りに出没する怪人。やたらと豪華で悪趣味な二階建ての人力車に乗り、夜な夜な飲んだくれ通りを駆け回っております」
「なんとも面妖な」
想像して渋い顔をする正男に構わず、老婆は話を続けた。
「翁は泥酔した者を言葉巧みに人力車に引き入れて、しばらく歓待します。そして頃合いを見て、二階にある土俵へと連れていき、とある勝負をしかけるのです」
「相撲ですか?」
「ところがどっこい、尻相撲なのです」
「なぜわざわざ尻なのだ」
腑に落ちない様子の正男を無視して、老婆の話は続いた。
「尻相撲に負けた者は翁に服を奪われてしまいます」
「なんと!それではもしも、うら若き乙女が尻相撲に負けたら、衆人環視のもとにその桃尻がさらされてしまうではないか!それは見た、いやいや、けしからん!」
すんでのところで欲望に打ち克った正男を、老婆は生暖かい目で見た。
「それが翁は紳士なのか、それとも単に女に興味がないのかはわかりませんが、男しか狙わんのです」
「それはまた、節度があるのかないのかよくわかりませんな」
正男に同意するように老婆は頷いた。
「変態の考えることは理解できないものです」
全裸で街をうろつくことに快楽を見出だしかけていた正男は、なんとも言えなかった。
「さて、そこであなたには服取りの翁に勝負を挑んで、とあるものを奴から取り戻してほしいのです」
「えぇ、そんな聞くだけで胡散臭い人に勝負を挑むなんてまっぴらごめんですよ」
幼少の頃より消極的だった正男は、石橋に触れもせずに渡るのを諦める子ども、とご近所さんに噂されるほどであった。三つ子の魂百までと言うように、成人した今でも根っからの消極的人格である。
「そこをなんとかお願いいたします。あなたのように立派なお尻をお持ちの方にしか、お願いできないのですよ」
チャームポイントと密かに自負するお尻をほめられ、正男はいい気分になった。それを敏感に察知した老婆は畳み掛けるように、正男をほめだした。
「あなたの覇気のある上向いたそのお尻は、いずれ何か大きな事を成し遂げる方のお尻です。今は運や環境に恵まれずにくすぶっておいでのようですが、必ずや何かを成し遂げる方であるように思えます」
「なんと、わかる人にはわかってしまいますか。私に溢れる可能性が」
正男は目を輝かせて、あっさりと老婆の甘言に乗せられた。正男はほめられて伸びるタイプである。
「ええ、そうですとも。ワタクシにはわかります。途方もない可能性を秘めた立派な御仁であると」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」
「その第一の偉業として、あわれなこの老婆を、どうか助けてくださいまし」
「お任せなさい!服取りの翁なんぞ、私の尻で吹き飛ばしてやる!」
調子のいい正男を見て老婆は、こいつに任せて果たして大丈夫なのだろうかと、一抹の不安を抱かずにはいられなかった。