みそ(業務用)の日記

2017年12月05日 21時52分

裸生門 二

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「やあやあ、夜分遅くに全裸で失礼します。しかし怪しいものではございませんよ。ほら、その証拠にネクタイまでしている」
精一杯の爽やかさを全面に押し出して挨拶をしたものの、畳じきの小上がりにいた老婆がにたりといかがわしい笑みを正男に向けただけだった。もちろん正男は両手で前を隠している。
駄菓子屋のような作りの店内には異国情緒溢れる物がごちゃごちゃと置いてあり、一見してなんの店なのかわからなかった。
ふかふかしていそうな座布団に座った老婆はやけに鋭そうな針を両手に持ち、巧みに針を滑らせてスーツをするすると分解していた。あれよあれよという間にスーツはただの糸に戻っていく。
「これはこれは、ご丁寧にどうも。ネクタイまでされて、さぞかし立派な方なのでしょう。ささ、夜風は全裸に障ります。中へどうぞ」
老婆に導かれるままに正男が店内に入ると、ひとりでにばたんと扉が閉じた。
なんとなく正男はひやりとしたものを感じた。おそらく全裸のせいだけではないだろう。
「あ、あの、情けない話ですが、見ての通り私は全裸ネクタイなのです。これだけが今の私のすべてなのです。なのでなにか着るものを貸していただけないでしょうか。あとできれば電車賃も貸していただければ幸いです」
「おやまあ、それは全裸ネクタイで頼むにはずいぶんと厚かましいお願いですね。ですがよいでしょう。私の願いを聞いてくれたら、服も電車賃も差し上げましょう」
老婆は手に持った針を置くと、ぱちんと指をならした。すると店の奥から木を横倒しにしたようなものが飛び出してきた。それぞれの枝には色とりどりの服がかかっている。
紳士服から婦人服まで、はてはどこの変態が着るんだという紐みたいな服まで、そこにはなんでも揃っているように見えた。
「これはわしが道端に落ちていた服を解きほぐし、糸に戻して、編み直した自慢の服たちです」
「なんと、手先が器用なのですね」
そういう問題ではない気がするが、老婆が編み直したという服はどれもほつれがなく、見事な仕上がりのものばかりだった。触ってみるとさらさらとしていて着心地もばつぐんであることを予感させた。
「お気に召しましたか?」
「ええ、そりゃあもう。早く服を着たくてうずうずとしています」
「それでしたら、あなたのその首にぽつんとぶら下がっている、なけなしのネクタイと交換いたしましょう」
老婆が両手に針を持ち、正男のネクタイに向かってくるくると巻き取るように針を回した。するとネクタイは見えない糸に巻きとられたかのように正男の首をするすると離れて、カウンターに座っている老婆の手元に収まった。
「あぁ、私のブラピが!?」
正男はなぜかネクタイにハリウッド俳優の名前をつけていた。その中でもブラピはけっこうお気に入りのネクタイだった。
「おや、名前つきなのですか。これはこれはよいものをいただきました。ささっ、お好きな服をどうぞ」
摩訶不思議な老婆に戦々恐々としながらも、正男は服を選んだ。