2017年10月05日 22時00分
やれゆけ、味噌パンマン! 第二話「味噌パンマン誕生 後編」
タグ: 味噌パンマン
ケチャップマンとナスマンからなんとか逃げ出し、外に助けを求めるためコージーホールを脱出しようとした味噌マンたちであったが、出入り口は厳重に封鎖されていた。
「な、どういうことだ。中はこんなにひどい有り様なのに…」
エントランスには命からがら逃げ出した人々が集まっていた。暴徒と化した農薬派に襲われた人々の中には、すぐにでも治療を受けなければ助からないほどの傷を負った者も少なくない。
だだっ広いエントランスに、人々の苦しむ声や家族を失った悲しみに泣き崩れる声が溢れていた。
「この会場に正体不明の毒物が撒かれたんだとよ。毒物の拡散を防ぐための一時的な措置として封鎖したらしいが、いつまで続くんだかな」
エントランスの端に座り込んだニンジンマンが、投げやりに答えた。目は落ち窪み表皮は乾き、すっかり憔悴した様子だ。
「そんな、僕たちを見殺しにするつもりなのか…!?」
「さあな。ガスパチョ王もこの騒ぎで行方不明らしい。ガスパチョ王の指示がなけりゃ、ふんぞり返るだけのお偉いさんたちにろくなことはできまい」
いい終えると、もう話すことはないとばかりにニンジンマンはうつむいた。
ガスパチョは賢王の名に相応しい王だったが、彼の有能さにおんぶにだっこだった重鎮たちはすっかり自ら考える能力を失っていた。ゆえにこの非常事態にもニンジンマンが言うように、ただただ中身のない会議を重ねるばかりだった。
くいくいと袖を引かれて振り返る。ウインナーちゃんは皮の張りをなくし、疲れはてた様子だった。
「ねえ、味噌マン。もう走り疲れたわ」
「ごめん、ウインナーちゃん。少し休もうか」
エントランスの隅、メインホールに続く階段に味噌マンとウインナーちゃんは並んで腰かけた。メインホールに続く扉は暴徒の侵入を防ぐためか、エントランスにあった机や椅子で厳重に閉ざされていた。
デスケチャップマンから逃げ回った疲れがどっと押し寄せる。高い窓からは憎らしいほどの青空が見えた。
「私が、私がもっとケチャップマンのそばにいたら、こんなことにはならなかったのかな…」
「それを言ったら僕だってそうさ。やさぐれていく彼を見るのが辛くて、避けるようにしてしまっていた」
「ケチャップマン…」
ウインナーちゃんは懐から真っ赤なスカーフを取り出した。ケチャップマンに渡す予定だった、三枚目のスカーフ。
「三人でおそろいのスカーフを巻けばそれで元に戻れる、なんて甘い考えだったのかな」
「そんなことはないさ。ちゃんと話して、誤解をとけばきっと元に戻れるさ。おそろいのスカーフも巻けば、前よりも固い絆で結ばれるよ」
味噌マンは自分に言い聞かせるように、強くそう言った。味噌マンはどんな時でも、希望を見失わない。
「ふふっ、味噌マンはいつでも味噌マンだね」
「なんだいそれ、ほめてるのかい?」
「さあ、どうかな」
「おいおい、意地悪だね」
いつものようなやりとりに静かに微笑む二人に物騒な声が聞こえてきた。
「おい、こいつは農薬派だぞ!」
「私、農薬派の人が凶暴化して、周りの人を襲っていたのを見たわ!」
「なんだと、こいつもいつ凶暴化するかわからねえ、ぶっ殺せ!」
味噌マンたちが騒ぎの現場に駆けつけると、りんごちゃんが血走った目をした人々に追い詰められていた。その表情は恐怖に歪んでいる。
「たた、確かに私は農薬派ですけど、凶暴化なんて、ししません!信じてください!」
「信じられるかよ!」
「そうよ、毒を撒いたあいつらも農薬派だって言うじゃない!あんたあいつらとグルなんじゃないの!」
「そうに決まってらあ!」
殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!
人々の狂気に染まった声が束ねられ、巨大な悪意となって渦を巻くようだった。味噌マンとウインナーちゃんは渦に巻き取られ、恐怖のあまり体が動かなくなってしまった。
やがて人々の中から大きな中華包丁を持った椎茸マンが抜け出し、りんごちゃんの前に立った。
「あ、あぁ…」
尻餅をついて後ずさろうとするりんごちゃんの丸い体を、人々の中から伸びた手が押さえつける。
「いや、いやああぁぁ!」
「死ねえぇい!」
容赦なくりんごちゃんに振り下ろされる刃。
「ダメぇ!」
恐怖に縛りつけられた味噌マンの横から、ウインナーちゃんが飛び出した。今まさに真っ二つにされようとしているりんごちゃんの前に立ちはだかる。
しかし椎茸マンの凶刃の勢いは止まらずウインナーちゃんの体に深々と食い込み、血のように肉汁が弾け飛んだ。
「ウインナーちゃん!」
呆然とする人々を突き飛ばすように掻き分けて、味噌マンはウインナーちゃんを抱きかかえた。とめどなく溢れる肉汁が、味噌マンの胸元を滑り落ちる。
「み、味噌マン。これを、ケチャップマンに…」
最後の力を振り絞るようにして、ウインナーちゃんは味噌マンにスカーフを託した。
「ウインナーちゃん、これは二人であいつに渡そう!それでまた三人で、一緒に笑って」
「大好きだった、って、ケチャップマンに伝え…」
ウインナーちゃんはそう言うと静かに目を閉じ、全身からがくりと力が抜けた。味噌マンは強くスカーフを握りしめると、懐にしまった。
「お、俺は悪くねえ!そいつが勝手に飛び出してきたんだ!なあ、そうだよなあ!」
椎茸マンは見苦しく周囲に呼び掛けるも、人々は一様に視線をそらした。あれだけ熱狂的だったホールは、しんと静まり返っていた。
味噌マンは目に溜まった涙をぬぐうと、そっとウインナーちゃんの体を横たわらせて、静かに立ち上がった。その肩は怒りに震えていた。
「おぉおぉ、そうだなぁ!お前はこれっぽっちも悪くないよぉ!」
静けさを打ち払う、不吉な声。メインホールへと続く扉の前にナスマンが立ちはだかっていた。
もしもあのとき、僕の体が動いていたら。
もしもあのとき、僕が彼のそばにいたら。
もしもあのとき、僕らが出会っていなければ。
たくさんのもしもが浮かんでくるが、時間は戻ってくれない。そうわかっていても思わずにはいられない弱さを、未だに僕は抱えている。
次回「第3話 今度こそ味噌パンマン誕生」