2017年09月09日 22時00分
やれゆけ、味噌パンマン! 第一話「ケチャップはその赤を深める 後編」
タグ: 味噌パンマン
食アカに入学して間もない頃、三人は無限に広がるような星空を見上げてこんなことを話していた。
「二人みたいに無農薬も農薬使用もなんの隔てもなく、一緒にいられるような世界を作っていけたらなって思うんだ」
キラキラと輝く星のようなことを真面目な顔で味噌マンは語った。あまりにも純粋な目で語るものだから、ケチャップマンもウインナーちゃんも思わず吹き出してしまった。
「なんだよ、笑うなんて酷い人たちだ」
味噌マンは拗ねたようにそっぽを向いた。
「ごめんごめん、素敵な夢だと思うよ」
「ああ、俺たちも心の底からそんな世界にしたいと思うよ。ちょっと味噌臭いけどな」
「なんだよ、味噌臭いって」
ケチャップマンの西流ジョークにたまらず味噌マンも吹き出してしまい、三人で爆笑した。
「ねえ、それじゃああの麹星に誓おうよ」
「誓う、って何をだよ」
ケチャップマンの察しの悪さに、ウインナーちゃんはやれやれと首を降る。
「無農薬も農薬使用も一緒にいられる世界を、よ」
こうして三人は麹星に誓いを立てた。それは何があっても守らねばならぬ誓いのはずだった。
あれから幾夜も過ぎて、食アカでは秋の食品祭が始まろうとしていた。食品祭の催しにはランダムに選ばれた二人組で料理を作る、即席コンビ料理コンテスト、通称即コンが開催される。
料理上手なケチャップマンならこれを機会に自信とやる気を取り戻せる、と考えた味噌マンとウインナーちゃんは半ば強引に彼を誘いこれに応募した。
そして味噌マンはウインナーちゃんと組むことに、ケチャップマンはどこか暗く陰湿なナスマンと組むことになった。
ぶつくさと文句を言いつつも料理好きなケチャップマンは夜遅くまで調理室にこもり、さまざまな料理を試行錯誤した。その様子はとても楽しそうに見えた。
味噌マンとウインナーちゃんはそんなケチャップマンの様子を陰ながら見守り、これなら大丈夫とうなずいた。
その日は珍しく、ケチャップマンの相方であるナスマンも料理作りを手伝っていた。
「なあぁ、知ってるかぁ。お前と仲良しなあの無農薬秀才たち、最近いい感じらしいぞぉ」
ナスマンの粘っこい声に、華麗なケチャップマンの包丁捌きが鈍った。
「あいつらも即コンに出るからな。その準備をしているんじゃないのか」
「それが金平糖通りで二人を見かけたぁ、って話だぜぇ。あんなところに料理関連で行くものかよぉ」
ナスマンはへへへと下衆な笑い声をあげた。金平糖通りは若者に人気のお洒落なお店が軒を連ねるファッション通りで、料理とは無縁の場所だった。
「あそこに男女が二人で行くなんてぇ、そんなのデート以外にありえないだろぉ。お前のことを二人で嗤いものにしているに決まっているぅ」
ケチャップマンの包丁を握る手が完全に止まった。まさかという思いがわいてくる。
「あいつらは無農薬でしかも秀才どうしだからなぁ。惹かれあうのは無理もないぃ。落ちぶれたお前なんて見向きもされないよぉ。オレたち農薬どうしは農薬どうしで、せいぜい仲良くしようじゃないのぉ。実は俺はいいものを持っているんだぜぇ」
粘っこい言葉とともにナスマンの手がケチャップマンの首筋を絡めとり、ぐいっと耳元に顔を寄せてささやいた。
「無農薬を殺す薬だよ」
鉄のように冷たく無機質な声にケチャップマンはぞくりと鳥肌が立った。咄嗟に手に持っていた包丁をナスマンに突きつける。
「おおぉ、怖いぃ怖いぃ」
ひゃひゃひゃと笑いながら遠ざかるナスマンの背中。その薬を一瞬でも欲しいと思ってしまった自分が、ケチャップマンは最もおそろしかった。
即コンの前日、ケチャップマンはナスマンとのやり取りを振り払うかのように料理に没頭していた。
『無農薬を殺す薬だよ』
ナスマンのこの言葉が頭を離れなかった。
それさえあれば味噌マンを殺して…。頭に少しでも隙間ができれば、そればかりを考えてしまう。
だからひたすら料理に没頭し、雑念を振り払っていた。親友とさえ思っていた相手を殺すことを考えるなんて、どうかしている。
すっかり夜遅くなった帰り道、寮へと続く街灯の元によく知った二人がいた。味噌マンとウインナーちゃん。二人を驚かせてやろうとケチャップマンは茂みへと潜んで近づき、タイミングをうかがった。
するとウインナーちゃんが味噌マンの首筋に、ふわりと真っ赤なスカーフを巻いていた。
「私が思っていたとおり、よく似合うわね」
「えっ、ウインナーちゃん、これって」
「そう、お揃いよ」
にこりと笑うウインナーちゃんの首筋にも、真っ赤なスカーフが巻かれていた。
それを見てケチャップマンはすべてをさとった。ナスマンの言っていたことは、正しかったのだと。
それからどこをどう歩いたのか、ケチャップマンはいつの間にか月明かりも届かない暗闇にいた。
どこであろうと、どうでもいいことだと思う。幼なじみと親友に裏切られた。もうこの世界には、何の希望もない。
「希望がないならぶち壊してしまおうぜぇ」
暗闇の中からひたひたと、歩み寄ってくる影。目だけを鈍く輝かせた影が、丸長いシルエットを浮かび上がらせた。ナスマンだった。
「さあぁ、この薬を受け入れてぇ、ノウヤーク様の下僕となるのだぁ」
ケチャップマンの身体にナスマンは一切の躊躇もなく薬を埋め込んだ。無農薬をす薬を。
「がああああぁぁぁ!」
凄まじい絶叫を発してケチャップマンはどさりと倒れこんだ。体がぼこぼこと膨らんでは萎んでを繰り返す、異様な音が周囲に響いた。やがてぼこぼこが収まると、ケチャップマンは静かに立ち上がった。
月明かりに照らされたその色にはもう、オレンジを含んだ明朗な赤の面影は一切なく、血のようにどす黒く陰鬱な赤だった。
ナスマンはにやにやと見届けると闇の中へと消えていった。
なぜあの時、僕は彼を一人にしてしまったんだろう。静かに見守るのも優しさだなんて言い訳して、彼に触れることを怖がっていたように思える。
それが悲劇の始まりになるなんて知らずに。
次回「味噌パンマン誕生」
みみた
ナスマン最低や……酷い話だ……
2017年09月09日 23時25分
みそ(鳩胸)
みみたさん
ナスマンはまさに外道ですね…。
2017年09月10日 00時01分