みそ(業務用)の日記

2023年05月13日 20時56分

大縄跳び

協調性という言葉が大嫌いな私は、大縄跳びが苦手だった。
ひとりなら交差跳びでも二重跳びでも体力の続く限り続けられるのに、大縄跳びになると上手くできなかった。
回し手とリズムを合わせて縄をくぐり、前を飛んでいる子の後ろについて跳ぶだけ。言葉にすると簡単なことなのに、実行するとなるとなぜだか上手くいかない。
頭に縄がぶつかったり、足に縄が引っかかったり、前の子にあたってしまったり、あらゆる可能性を埋めていくかのように失敗を繰り返すばかりだった。
「タイミングを見て入ればいいんだよ」
「回す子に合わせなよ」
「前の子の真似すればいいよ」
二重跳びを跳べないでべそをかいてた子たちにそんなことを言われて、私は顔を赤くした。無意識のうちに下に見ていた子たちからアドバイスされて、幼いプライドが傷ついたのだ。
たかだか縄跳びで人の優劣なんて決まるわけなんかないのに、私は線を引いていた。
それ以外の点、幼いころに争点となるのは勉強や運動くらいなものだが、そのふたつでも私はその子たちよりも上にいるという自負があった。そんな考えを持った時点で、人として終わっているというのに。
一面的な物の見方しか知らなかった私に寛容さなんてあるはずもなく、私はそうしたアドバイスをことごとく無視してムキになって大縄に挑んだ。自分なりの、失敗しか生み出さない不器用なやり方で。
私はあの子たちの跳べない二重跳びができて、その他の運動や勉強だって勝ってる。それなのにどうして、あの子たちにあれこれ言われて、心配されなきゃならない。そんな目で見てんじゃねえよ。
歪んだプライドが心を縛り、頑なな悔しさが無益な挑戦をやめさせなかった。
私に釣られたのか失敗をする子が増えていき、雲が分厚くなるように雰囲気が悪くなり、とうとう先生が決断を下した。
「縄を回してくれないかな」
私はキッと先生を睨んだ。その決定が不服そうに見えるように。
「ほら、回してる子もずっと回してると疲れちゃうからさ。あなた背も高いし、回すのにぴったりだから、ね」
それならしょうがないなと、先生の言うことに同意して縄を持つ子と交代した。
悔しさを表に出しつつも、心の中ではホッとしていた。縄に引っかかる惨めな姿を、これ以上見せずに済んだことに。
でもそれを知られるのが嫌だったから、あんなポーズを取った。大縄から逃げたと思われたくなかったから、仕方なく先生の提案を受け入れたふりをした。
やっとまともに大縄を跳べるようになるのが嬉しくて、誰もそんなこと気にしちゃいないのに。自分が中心にいて常に注目されているかのように考えていたのはなんとも滑稽だが、それが幼さというものだろう。
私が回し手になるとさっきまでの停滞が嘘のように回数が伸びていき、目標としていた50回をたった2回の失敗の末にあっさり達成することができた。
喜びを分かち合うみんなを尻目に、私はひっそりと体育館を出た。何食わぬ顔で喜びを分かち合えれば楽なのに、私にはそうすることができなかった。
私がみんなの列から外れたことで、すべてが上手く回った。私はみんなの中にいない方がいいんだ。
そう思って、寂しいような、惨めなような、消えたいような気持ちを抱えて、とぼとぼと歩いた。教室に戻ればやがてみんな戻ってきてしまうから、教室には戻りたくなかった。

授業中とあって廊下は人気がなく、ふと世界に私ひとりだけ取り残されたんじゃないかと思った。
この学校の中だけじゃなくて、外にも誰ひとりいなくて、世界中にはもう、私ひとりぼっち。
その想像はちょっと寂しいけど心地良く、私は解放されたような気持ちになった。上手く跳べない大縄から、他人の視線から、他人からどう見られているか気にするつまらない自分から。
これが自由というものかと思い、廊下を走ってみた。協調性に欠けるくせに決まり事には従順だった私は、廊下を走ったことなんてなかった。
真っ直ぐ伸びる廊下の先に人はなく、誰かにぶつかる心配もない。どごまで走ろうか。突き当りまで行っちゃおうか。そうしよう。
そうと決めると速度を上げて、私は全速力で駆け出した。小学校中学年くらいの女子が本気で走ったところでたいして速いわけもないが、そのときの気分としては風を切っていた。
ビュンビュンと風が耳をかすめ、足は硬い床を跳ね飛ばし、身体はぐんぐんと前に加速していく。
知らなかった。決まり事を破るのが、こんなにも楽しくて爽快だなんて。そして決まり事には、ちゃんと意味があるのだということも。
「うわっ!」
「きゃああ!」
交差する廊下から歩いてきた先生に、私は見事にぶつかって跳ね飛ばされてしまった。人がいないなんて私の妄想の中だけで、現実にはもちろん大勢が学校にいる。
当たりどころがよかったのか、幸い先生に怪我はなく、私の方もちょっと膝を擦りむいたくらいですんだ。
「大きな怪我がなくてよかったけど、危ないから廊下は走らないようにね」
度の強そうな眼鏡をかけたその見覚えのない男の先生は、苦笑いしつつやんわりと私をたしなめた。
「ごめんなさい…」
ひとりぼっちになってたつもりの私は、すっかり意気消沈して謝った。先生は何も悪くないのに、恨めしくすら思っていた。
「というか今授業中だよね。授業はどうしたの?」
「えっ」
拗ねて抜け出しちゃったとは言えず、答えに詰まった。とっさの言い逃れができるズルさはまだなかった。
「抜け出してきちゃった?」
優しい声の問いかけに目を見ずに小さくうなずいた。
「そっかあ。うーん…野放しってわけにはいかないから、とりあえず保健室に行こうか。足の怪我を診てもらおう」
保健の先生だったのかと思い、うなずいて着いていくと、保健室には白衣を着た女の先生がいた。
保健室の先生にテキパキと処置をされる間、じゃあこの眼鏡の先生はなんの先生なんだろうと考えていた。先生をみんな知ってるわけじゃないけど、ピンとこなかった。
「さて、処置は終わったけど教室に戻る?それともここで休む?」
保健室で休んでいいのは体調が悪い人だけだ。でも教室には戻りたくない。
じゃあ私はいったい、どこにいればいいのか。
考えると悲しくなって、うつむいてしまった。鼻の奥がツンとして泣きそうだったけど、そんな自分を憐れむような弱い涙を流すのは嫌だった。
「いいんだよ、無理せずここで休んでて」
椅子に座った私の目の高さに合わせてかがんだ先生が、眼鏡の奥の目を三日月のように細めた。
「君の担任の先生には僕から言っておくから、この時間はとりあえず休んでおきなよ」
「でも私、体調悪いところ、ないし…」
「体調は良くても、心が疲れてしまうことはある」
「心が…」
考えたこともなかった。身体以外のところが、疲れることがあるなんて。
「そう、そんなときは無理せず休んでいい。ずるいことでもなんでもない。心だって身体とおんなじで、無理をすると疲れちゃうんだ」
「うん…」
先生の言ってることが全部わかったわけじゃなかったけど、私はここにいていいんだと思えて安心した。そうすると不思議なもので、教室に戻っても大丈夫なように思えてきた。
でも私はその時間をしっかり休ませてもらった。甘えたずるさも少しくらい、許してもいいのかもしれないと思えたから。

にゃかぴぽ

他は何も出来なかったが何故か大縄跳びはできてたのを思い出した^^

2023年05月13日 21時15分

みそ(業務用)

にゃかぴぽさん 私も二重跳びとかてんでだめでしたが、なぜか大縄跳びは普通に跳べてました。

2023年05月13日 21時19分

米倉恵蔵@エロセクハラミータンスキーな部長

縄跳びは嫌いでしたね。特に大縄跳び。どんだけ協調性を求めるのかと

2023年05月13日 22時01分

みそ(業務用)

米倉恵蔵@エロセクハラミータンスキーな部長さん 団結感を出すには手軽な競技だったのでしょうね。

2023年05月13日 22時29分