みそ(業務用)の日記

2023年01月29日 19時58分

黒猫の夜話

しなやかな身体は夜の帳を編み込んだような艷やかな黒。ピンと尖った耳はどこか近寄りがたい高貴さがあり、鋭角に曲がったかぎしっぽは意志の強さを表しているかのようです。
でも何よりも彼女を特徴づけているのはその瞳。満月が放つ光の下であっても、色あせず輝く金色。
道行く人々は不吉の象徴だとしてその黒猫を避けて目を背けますが、目をそらさずにいたものだけが見つけられる宝物。
今宵もひとり、その宝物を見つけられた幸運な者がいたようです。
「おや!こいつは驚いたな!なんてきれいな瞳をしているんだ!」
人通りを避ける習性のある黒猫は、その夜もなるべくひとけがなく、ランプの灯りも届かない裏路地を歩いていました。そんなところで出会った人間が、まさか自分に興味を示すなんて。
予想外のことと出会い頭の大声に驚いた黒猫は、逃げることも忘れてまじまじとその無作法な人間を見ました。
まだ大人に足を踏み込みかけたくらいの若い男。背はそこそこ高いものの身体つきは貧相で、強い風にあおられたらパタリと倒れてしまいそうに見えます。
身につけているものはそこらの布の切れ端をかき集めて縫い合わせたような、ツギハギだらけのボロ。生意気にも羽織った外套ももちろんツギハギだらけ。背中には謎の木の板を背負っています。
柔らかく波打つ小麦色の髪はいつ洗ったのかわならないほどボサボサで、間抜けな笑みを浮かべている顔はところどころ土がなにかで汚れています。
黒猫の目についたのはその口でした。にこにこと笑う顔の中でもひときわ大きく目立ち、見るものになにか楽しいことが起こるんじゃないかと期待させるような口。
黒猫はそれを見て、なぜだか仔猫だった頃のことを思い出しました。離ればなれになってしまった母猫の、自分を愛し、慈しんでくれたあのやさしい口を。
思い出に浸っていた黒猫は、いつもなら捕まるわけのないうすのろな両腕に抱きかかえられてしまいました。
「お前さんもひとりぼっちなのかい」
逃げ出すことはたやすかったけど、その低くて小さくて、やさしいさみしさのこもった声に、黒猫はまあいいかと思い力を抜きました。
気に入らなければいつでもこの手を離れればいいだけのこと。少しだけ、月が欠けるくらいの少しだけ、一緒にいてあげる。ありがたく思いなさい、人間。
若者はそんな猫ごころに気づくよしもなく、黒猫を外套にくるんで薄い胸元に抱きかかえ、ついには陽気な鼻歌なんぞ奏ではじめました。
黒猫はうるさいと思いかぎしっぽで抗議しようとしましたが、久しぶりのぬくもりに包まれたせいか、気がつくと夢の中を漂っていました。
幼い日に離ればなれになってしまった、母猫のあたたかな胸元にくるまれて眠る、しあわせな夢の中を。