みそ(プロテイン味)の日記

2022年06月07日 19時57分

上を向いておくれよ 後編

「あー、そういう…」
話し終えた俺をかおるちゃんはたっぷりの同情がこもった目で見た。EDのくだりで笑ってくれなかったのは少々予想外だったが、その目は予想通りだ。
行きずりの人に向けられるのなら耐えられるし受け流せる視線。
「実物を前にすればいけんじゃないかなと思ったんだけどなあ、そんな単純なもんでもないんだね」
困らせるだけだとわかっていても自虐的に笑ってしまう。
「まいったなあ、ほんと。いや話には知ってたよ。こういう症状があるってのはさ。でもさあ、なんというか都市伝説みたいなもんで、実在しない、俺には関係ないもんだと思ってたんだよ」
「うん」
裸の胸をプリンみたいにぷるんと揺らしてかおるちゃんが小さくうなずいてくれる。それを見てムラっとはくるが、ピクっとはこない。
「それが実際になってみると、こんなに…」
プロフィール通りなら干支がひと回り違う彼女に怖いと言えず、言葉を濁してしまう。こんなときでも俺は見栄っ張りだ。
「切ない」
「切ない…ああ、うん、それだ。そうか、切ないか…」
そうか、これは恐怖じゃなくて切なさか。言われてみればそっちの方がしっくりくる。自分が何か根源的なものから切り離されてしまったような、見放されてしまったようなこの感覚は、切ないか。
「私に何かできることある?あんだけお金もらって、話聞くだけじゃさすがに…」
プロ意識とでも言うものか、こんなことを言ってくれるかおるちゃんも健気で切ない。
「ありがとう。でもあれだけ奮闘してくれたんだし、もうじゅうぶ…」
自分をいい男に見せたくてなるべくカッコつけて言おうとしたのに、頭の中にあるお願いが浮かんでしまった。正気かお前は。プロフィール通りなら干支がひと回りも違うんだぞ。
「なに、なんか思いついたんでしょ」
大きな目で覗き込まれて、俺は親にはとても聞かせられないようなお願いをした。小声でぼそぼそと、子どもみたいに情けなく。
「えっ、そんなんでいいんだ。はい、どーぞ」
ベッドの上に正座し、おいでと言うように膝をぽんぽんとたたく。目を合わせられずにうつむいてもじもじしていると、「正座苦手なんだから早くしてよー」と急かされた。
「し、失礼します」
面接に来た学生のように緊張した声で言ってしまった。でも彼女はそれで吹き出したので、俺は素直にころんと膝の上に頭を乗せられた。
見た目の通りやわらかくて、すべすべしていて、湯たんぽみたいなぬくもりを頭の裏に感じる。
「よしよし、素直にそうしてればいいんだよ」
見上げた顔が大人っぽく笑い、優しい手付きで頭をなでられる。さっきまでしごいてた方の手だろとちょっとだけ思ったけど、その心地よさにすぐどうでもよくなった。
こんな風に誰かに頭をなでてもらうのなんて、どれくらいぶりだろう。しかもこんな無防備で情けないかっこうで。
恋人がいたことはあるが、変なところで見栄っ張りな俺はこんなお願いなんてできなかった。干支はそれほど離れちゃいないが相手が年下だったせいもあるけど、年上だったところでたぶん言い出せなかっただろう。
無防備に弱さをさらけ出すことなんてできない。なぜかそんな思いが強かった。幼いころからよく言われてきた男らしさとかにとらわれた、やっかいな信念だ。
人前で泣いてはいけない。弱音を言ってはいけない。甘えてはいけない。
こうして甘くやわらかく頭をなでられていると、どうしてそんなに気を張っていたのか不思議に思えてくる。厚い氷が太陽の光でゆっくり溶けていくように、俺の強情で頑なな信念がほどけていくのを感じる。
「気持ちよさそうな顔してる」
「うん」
子どもみたいに素直なうなずきを返すと、かおるちゃんはくすりと笑って額にチュッとしてくれた。くすぐったくて目を細める。
唇が触れたそこからかゆみのような心地良い熱が広がっていき、それは内側から俺をあたためた。でも相棒は相変わらず優等生みたいにおとなしい。いつからこんなお上品になっちまったんだろう。
身を起こすかおるちゃんのおっぱいが目の前でぷるんと揺れても、俺の興奮に反して相棒はそっけない。
目の前でたわわに実ったおっぱいが揺れていると言うのに、社交辞令的に反応しないのは失礼じゃないのかね。
そう叱咤してみるも、すっかりおしとやかになってしまった相棒はうつむいたままだ。今の俺の心境は、恋人の気持ちがわからないと嘆く心境によく似ている気がする。
やれやれと思うと、けたたましい電子音が響いた。
「あっ、時間になっちゃった」
延長というシステムがあるのは知っていたが、かおるちゃんから言い出されなかったので俺は黙って手を引かれて風呂場に入った。
熱めのシャワーで洗浄してもらい、部屋に戻って服を着ていく。なんと言うか、日常へと戻っていく少し滑稽な時間だ。さっきまで裸でベッドの上にいたのに、ふたりしてもそもそと人間の毛皮を着込んでいく。もっとも、かおるちゃんの下着はTバックだし服も派手で露出度も高めで、日常にはあまり見かけない感じだが。
すべてを見たあとで着衣した姿を見て逆に興奮しないかと密かに期待していたのに、当たり前のようになんの反応もない。それ以上の刺激を視覚的にも身体的にもさんざん受けていたのだから当然か。
「医者とか行ったほうがいいのかなあ…」
「さあ、別にいいんじゃない?たたなくても死ぬわけじゃないし」
ズボンを穿きながらひとりごとのつもりで言った言葉に気楽な調子で答えられたのにも驚いたし、その内容にも目を瞠ってしまった。
「そんなまじまじと見ないでよ。お兄さんが気持ちよくイキたいと思うなら、行けばいいんじゃないの」
「そっか、そうだよな。死ぬわけじゃないし」
「そうそう、精子には関わるかもしれないけど、生死には関わらないってね」
自分で言ったダジャレに自分で笑う姿を見ていると、やはりこの子はプロフィールよりも年上だろうと思った。
俺も脱力して笑うと、気の抜けた身体とは反対に相棒が少しだけ上向いた。100%には程遠いが、そのうち全力を取り戻すだろうと淡い期待を抱かせるくらいの強さで。ひょっとしてと思って力を込めてみるも、それ以上にはならずに再びしぼんでしまった。
まあいいさ。その日が来るまで気長に待つとしよう。確かにこいつは頑固で手強いけど、命まで奪われやしないんだ。