2022年03月21日 22時49分
仕分け
引っ越しの荷物の整理をしていると、新居に持っていくものと捨てるものとをより分ける選択を迫られる。これは必要、これはいらない、これはひょっとしたら使うかも知れない。そんな風に、まるで神様になったかのように選別していて、ふと思った。
私はたぶん、誰からも真っ先にこれはいらないと、不要に分類されて、ポイッと捨てられてしまう人間だろうと。これまでも、この先も、ずっと。
私にはおよそいいところがひとつもない。人に誇れる美点とか、これだけは人には負けないと言えるような特技とか。そう言ったものはひとつも。
友人と言える人はいるが、誰からも私は一番だとは思われていないだろう。私のことを思い出すのはたぶん、二三人誰かしら思い浮かんだ後のこと。二三人思い浮かべた後、そう言えばあんな子もいたなあって。
地味で目立たないけど、そう言えばあんな子もいたなって。思い浮かべつつも、私あんな子のことまで覚えていたんだ!って、自分をいい人だって思うくらいの印象。決して誰にも、一番だと思われない。それが私。
「はーい、みんな二人組作ってー!」
事あるごとににそう言う先生の声は、私にとって恐怖の掛け声だった。だって誰も、私を一番だと思って声をかけてくれるわけなんてないし。二番手や三番手にいる自信はあるけど、誰かの一番になれるだなんて思い上がった思考はない。
でも今更ながらに思うと、私自身も、友だちと思っていた誰も一位に据えていなかった。形に見えるものばかりを重視する彼女たちを、どこかで馬鹿にして、軽んじていた。多感な年頃の女の子は、それを見事に見抜いていたのだろう。
この子と私は一番の仲良しだと、自惚れることはなかった。そんな思い上がりなんて、できやしなかった。私はつまらない子だとわかっていたから。だから自分からは進んで、誰にも声をかけたりしなかった。
だから私は、クラスの一番の人気者である仁美ちゃんから嫌われた。名字も名前も似ていて、出席番号も近かった仁美ちゃんは、私に格別の親しみを抱いてくれていたように思えた女の子。新しいクラスになって、右も左もわからずにいた私に声をかけてくれた仁美ちゃん。優しくて、リーダーシップのある仁美ちゃん。
でもそれは気のせいで都合のいい錯覚だと、私は私に言い聞かせていた。たまたま名前も名字も似ていて、声をかけてきてくれただけなんだって、自分に言い聞かせていた。思い上がりも、許されざる罪だったから。
「よかったあ!クラス替えで仲良かった子たちと離れちゃったけど、由美ちゃんとは仲良くなれそう!」
そう言ってくれたのを、私は社交辞令として作り笑いで受け流してしまった。小学校中学年のくせして、そんな自意識だけはいっちょ前だった。
そんな私を見抜いて、仁美ちゃんが離れていくのはあっという間だった。
「由美ちゃんって冷たいよね」
カーストの一位に君臨する彼女からそう言われては、幼い私に逆らう術なんてなかった。クラス中から見放されて、下に見られても、私はただ身を縮こませることしかできなかった。
でも私は、本当は誰よりも仁美ちゃんに憧れていた。背伸びしたオシャレな服を身に着けて、みんなが使っている子供じみたグッズを遠ざけて、大人が使うような化粧品に興味を示す彼女に。大人とはかけ離れた身体のくせして、誰よりも早く、強く、憧れに近づこうとしていた彼女に。
仁美ちゃんが失脚したのは、彼女のせいではなく、彼女の両親のせいだった。双方の合意による離婚。でも、他の家と違っていること、それは子どもにとって差別されるには十分な理由になった。
高学年になった仁美ちゃんは、いつしかクラスで追いやられる存在になっていた。あんなにおしゃれだ、進んでいるだと言われていた仁美ちゃんが、無理に大人ぶってるなんて、陰口を叩かれるようになった。それと反比例するように、クラスの中で私の地位はなぜか上がっていった。
落ち着いている、周りの意見に左右されない、大人びている。
そんな押し付けられた評価に戸惑いつつも、私は仁美ちゃんを憐れむようになっていった。
可哀想に。仁美ちゃんはかつての私のように二人組も作れないで、可哀想に、気まずそうにそっぽを向いて。まるで自分は一人であることを、選んだかのように振る舞う。
だから私は、仁美ちゃんに声をかけてあげた。救いの手を差し伸べてあげるかのような気持ちで、高みから呼びかけるように。
「仁美ちゃん、一緒にやろ」
その誘いに仁美ちゃんは、喜んで手を取ってくれるはずだった。そうならなければならないはずだった。でも仁美ちゃんは、私の手を払いのけてキッと睨みつけてきた。
ただ無言で、私の思い上がりを打ち砕いた。
私はなにも変わっちゃいない。変わってしまったのは、仁美ちゃんの立場だけで、私自身はなんにも変わっちゃいないのだと。
「なに、あの顔」
「いこ、由美ちゃん。あんな子ほっとこ」
私を大多数にしようとした子たちの声に、私はただ従うしかなかった。
荷物の仕分けをしていて、私はあのときのことを思い出す。
今、こうして偉そうに荷物を選り分けている私は、はたしてそうするに足る人間なのか。誰からも選ばれたことのないくせに、誰のことも選んだこともないくせに、自分の都合で必要なものを選ぶなんて。それは思い上がった行為ではないかと、責め立てられているように思えた。
t…‥u
凄く心抉る話ですねぇ なんか学生時代の嫌な思い出が走馬灯のように駆け巡りました。
物語の彼女らが大人になって幸せになれることを願います…
2022年03月21日 23時23分
みそ(鳩胸)
t…‥uさん こういう思いって忘れててもくすぶっているものですよね。
折り合いをつけられれば幸せになれる気もしますが、それも失ってしまうものがある気がして悲しいです。
2022年03月21日 23時28分