みそ(業務用)の日記

2022年01月23日 21時21分

また会えるから 祖母の話

祖父に祖母のことを聞いても、まあそのうちなとはぐらかされて何も話してくれなかった。母がいたころは家に馴染むのに必死で、そんな余裕もなくて聞けなかった。
「翼ちゃんのおばあちゃん、名前は知ってるかな」
「よしえ」
「そう、美恵さん」
「かずえちゃんのお名前と似てるね」
「そうそう、あたしの和恵って名前と同じ字なの」
そう言ってわざわざ紙に美恵と和恵と書いてくれた。和恵ちゃんの字はまるまると大きくてかわいかった。
「美恵さんもそうやって声をかけてくれてね、同じ漢字だねって。美恵さんが何をしていたかは知ってる?」
「ううん、じいじなんにも教えてくれないの」
「そっか、きっと照れてるんだね。正にいは美恵さんにぞっこんだったもの」
和恵ちゃんは祖父のことを正にいと呼ぶ。正確には正しい人と書いて、まさと。よくもまあこんなに名前通りに育ったものだ。
「ぞっこん?」
「えーと、そう、大好きってこと」
「へえ」
かわいい孫娘にすらデレデレしないあの祖父がぞっこんとは、さらに祖母への興味が湧いた。
「それで、なんだっけ」
「ばあばがなにしてたのかだよ」
「ああ、そうだったそうだった。年を取ると忘れっぽくていけないわ」
「もう」
「美恵さんはね、小学校の先生をしていたんだよ」
「へえ!」
「あたしも先生だったんだよ」
「えっ、かずえちゃんも!?」
先生はスマートでカッコいい大人がなるものだと思っていた私は目が点になった。和恵ちゃんは絵に描いたようなおかんみたいな感じだったから。
「びっくりしたでしょ。こう見えても、これから翼ちゃんが通うことになるところで先生をしていたんだよ。懐かしいね、あのころはあたしも痩せてて美人で、そりゃもう男たちが放っておかなかったんだから」
「はいはい、つづきは」
「あっ、信じてないな。今度写真持ってこよ、ぶったまげるんだからね」
後日、和恵ちゃんが持ってきた写真を見て私は見事にぶったまげだ。色あせた写真に写る和恵ちゃんは、昭和のアイドルと言われても信じるくらい美人だった。全体的にシュッとしていて、目は切れ長で鼻はツンと高く、ぷるんとした唇は色っぽい。まじまじと現在の和恵ちゃんと見比べて、時の残酷さを噛み締めていたら怒られた。
祖母の写真もあり、若き日の祖母は母に似ていなかった。目はたれ目がちで大きく、低めの鼻はちょこんと丸く、ぽってりした唇は慈愛に満ちた笑みを浮かべている。すっきりした目鼻立ちの母は祖父似だ。
若き日の祖母を見て、この人に会えなかったことをひどく寂しく思った。
「いいからつーづーき!」
しかし子どもにとっては今手元にない写真よりも目先の祖母の話の方が重要で、ちゃぶ台をばしばし叩いて続きを急かした。
「はいはい、わかりました」
「はいは一回でいいの!」
「はい。右も左もわからない、新米教師だったあたしにいろいろ教えてくれたり、悩みとかを聞いてくれたりしたのが美恵さんだったんだよ」
「ばあば、やさしかったんだね」
「そう、とても優しい人だった。翼ちゃんみたいに」
えへへと照れる私を見て、和恵ちゃんは優しく目を細めて頭をなでた。