ミッソ・マングローブの日記

2022年01月12日 21時00分

また会えるから 母の不在

母とホセが去った直後はショックのあまり四六時中ピーピー泣いていた。
夜は特にひどく、夜中にふと目を覚ますと、隣で寝ている祖父の乾いた土のようなにおいがして、母はいないのだと思い知り、それだけでわんわんと泣いた。
祖父も当然それで目を覚まし、私が泣きつかれて眠るまで、背中を優しくぽんぽんと叩いてくれた。ただでさえ朝が早い農家なのに、祖父は毎晩ぐずる孫に辛抱強く付き合ってくれた。
子どもというのは案外したたかなもので、1週間もすると泣いてもなにもならないと学んだ。夜中にふと目を覚まして祖父のにおいがしても、安心して眠れるようになり、この寡黙な祖父とふたりで生きていくしかないのだと、子どもながらに悟った。
祖父もさすがに気を遣ってか、引きつったような笑顔を浮かべるようになり、言葉遣いも柔らかく優しいものになった。でもそれが逆に気持ち悪くて、私は祖父に対して一歩引いてしまった。
それが伝わったのか、祖父はすぐにいつもの調子に戻った。その方が私も落ち着き、安心して祖父にまとわりつくことができた。
まったく、ままならないものだ。

母の不在は幼稚園にも影響を及ぼした。
転園当初から仲良くしてくれていた、みきちゃんとまなみちゃんが腫れ物に触るように私と距離を置くようになり、次第に遠ざかっていったのだ。
母とホセの駆け落ちというセンセーショナルな話題は狭い田舎を縦横無尽に飛び回り、尾びれ背びれをつけて広まった。こういう昼ドラ的な話題に飢えた、幼稚園のママさんネットワークなら言わずもがなだ。
ようやく幼稚園に馴染んできた私は再び、いや、前にもましてよそ者のように扱われ、先生たちまで私からちょっと距離を置いた。まるで檻に入れられた動物になったような気持ちだった。
思えばみきちゃんもまなみちゃんも、私と一定の距離を置いていた。友だち同士のちょっかいも私には出さないし、甘えた頼みごとだってしない。ウチとソトの境界線、遠慮という名の檻がそこにはあった。
私に見えていなかっただけで、最初から変わらずその檻はあった。ただ見物客が檻から遠ざかっただけのこと。
しかし檻に入れられた動物にちょっかいを出す、もの好きもいた。
月と書いてルナと読む、見た目も名前もキラキラした少女。それとルナについて回っていた、地味で物静かなあかり。
ルナは私の何が気に食わなかったのか、転園当初から事あるごとに私にちょっかいを出してきた。
砂場でお城作りに励んでいると棒にカエルを乗せて突き出してきたり、教室でお絵かきしていると後ろから目隠ししてきたり、給食を食べていると寄り目をして笑わせようとしてきたり、お昼寝していると顔の前におしりを突き出しておならをしてきたり、枚挙にいとまがない。
キラキラネームのくせに、やることは昭和のイタズラだ。思い返すと可愛らしいものだが、当時の私はほんとに嫌だった。ルナは嫌がる私を見て笑い、あかりはその隣でおろおろしてばかり。こいつらはほんとに何なんだと思っていた。
でもみんなの態度が変わっても、ルナは相変わらず私にイタズラを仕掛け続け、あかりはおろおろ私の様子を伺っていた。
そんなふたりだけが、檻の中の動物と化した私を同じ場所にいる存在として扱っていた。おならだけは未だに許していないけど。
コミュニケーションを取ってくれるのはありがたいが、その方法には遺憾の意を表明したい。ある日、私は勇気を出してルナにイタズラをやり返すことにした。