みそ(業務用)の日記

2020年10月03日 21時52分

確かに、ここにいる 第3話

大抵の人は誰かの家に初めて出向くとき、どんなに仲のいい間柄でも多少よそよそしくなり、遠慮するものだろう。そう、親しき仲にも礼儀ありだ。
ましてや、その日に初めて話をしたという間柄の人の家に出向くときなんて。手土産を持参すべきだとまでは言わないが、最低限の礼儀は尽くすべきだと僕は思う。おそらくこの意見には大抵の人が頷いてくれるに違いない。
「おいおい、やけに殺風景な部屋だな」
だと言うのに、腰の鎖をじゃらじゃらさせながら僕の部屋に上がり込んだ田島の第一声がこれだ。
「これじゃいかがわしいもんを隠しておけねえな」
余計なお世話にもほどがある。
「どうせ4年間しか住まない部屋だ。荷物は少ないに越したことないだろ」
小さめの本棚にテーブルとゴミ箱、それに最低限の衣類を詰め込んでおけるケース。部屋に置いてあるのはそのくらいで、クローゼットの中には布団や、入学式以来着ていないスーツに冬用のコートが詰め込んである。
過不足なく、掃除もしやすい、実に理想的な生活環境と言えよう。
「囚人部屋かよ。女の子呼んでも、あまりの生活感のなさにドン引きされるぜ。というかすでにオレが引いてる」
それをこの男は囚人部屋呼ばわりし、いらん心配までしてくれる。
「そう言う田島の部屋はさぞかし人間味があるんだろうな」
「もちろん、誰がどう見てもオレの部屋だとわかること間違いなし。今度来いよ」
皮肉を言ってもまるで通じない。
「ああ、そのうちな」
4年間のうちにそんな奇跡的な機会なんてなさそうだが。
「で、どうして僕の部屋に来たんだ?そろそろわけを説明してくれ」
「そうだな、とりあえず座れよ」
言いつつ田島は、この部屋にある唯一のクッションに当然のように尻を落ち着けた。図々しいやつだと思っていたが、初めての部屋でこれほどまでに我が物顔で居座れるとは。
半ば感心しつつ、僕は田島の正面に腰を下ろした。薄いカーペット越しに、フローリングの固い感触が伝わってくる。
ここは紛れもなく僕の家のはずなのになぜか、他人の家に来てしまったようなよそよそしい気持ちになった。