みそ(業務用)の日記

2020年10月01日 21時58分

確かに、ここにいる 第2話

「よお、早川。今日お前んち行っていいか?」
2時限目の講義を終えて、昼はどうしようかと思っていたところ。そんなところに、あまり話したこともないやつから声をかけられたら誰だって面食らう。
「ええと、田島だっけ?」
派手な金髪を揺らして、田島はにこりともせずうなずいた。格好も似たようなもので、柄物に柄物を合わせて、腰には用途不明の鎖がじゃらじゃらしている。
生まれてこの方、髪を染めようなんて大それたことを考えたこともない僕とは、およそ接点なんてないやつだ。
「なんで僕の家に?」
「お前は質問が多いやつだな」
名前くらいしか知らないやつに、急に家に行っていいかと聞かれて二つ返事するやつなんてただの馬鹿だろう。
「まあいいや。ちょっと耳貸せ」
強引に肩を組まれて顔を寄せられた。こいつにはパーソナルスペースという概念がないのか。
「お前のアパート、駅の裏のとこだよな。そこの2階の角部屋」
「どうしてそんなことを」
こいつ、ストーカーか?
「詳しくは後で話す。頼む、どうしてもお前の助けが必要なんだ」
昨日にんにくでも食べたのだろうか、田島の口からは人を拝み倒すには不向きなにおいがした。
「そう言われても、事情がわからないのに承諾できない」
「頼む、一生のお願いだ」
これから先の縁があるかもさだかではないのに、一生のお願いもなにもないだろう。
しかしこいつは、僕があからさまに嫌そうな雰囲気を出しているのにまったく配慮してくれそうにない。RPGではいと言わなきゃ進めないイベントのように、こっちの意思をくみ取ってもらえない。
でもこれはゲームじゃなくて現実。なら力付くで脱出してやろうとあがくもびくともしない。こいつ、細身のくせにに力が強い。
「なあ、頼むよ」
田島が口を開くと、ふたたびもわっとにおいが広がる。はいと言わなきゃ、僕はこのままこのにおいに苦しめられるのか。
よく見ると田島はチャラい格好のわりにやけに真剣な目をして、悪巧みをしているようには見えない。早くこのエスニックなにおいから解放されたくて、僕がそう思い込んでいるだけかもしれないが。
「わかった、わかったから離してくれ」
「本当か!ありがとう、早川!マジ助かる!」
力がゆるんだ隙に乱暴に振りほどくも、田島はそれに構わず、喜びもあらわに僕の手を両手で握りしめてぶんぶんと振った。
「ありがとな!じゃあ夕方くらいに行くから!」
満面の笑みで手を振りながら田島は去っていった。僕はそれを、急な嵐にみまわれた人みたいに呆然と見送った。
念のため田島に握られた手を嗅いでみると、幸いにもにおいはしなかった。