2018年12月24日 23時05分
-夢幻-
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ベッドの中でだけ、僕は君に触れていられる。それ以外のときは他人のふりをしなければならない。そういう約束をした。
なぜその提案をされたときに断ることができなかったのだろう。こんなにも苦しい思いをするくらいなら、いっそ何もかもなかったことにしてしまいたい。
薄明かりのなか、艶かしい白さを放つ君を見るたびに、何かを失ってしまったような切なさと、どうしようもなく抑えきれない欲情が胸を締め付ける。相反するその感情は所詮きれいごとや自分への言い訳なのだろうか、いつも欲情が勝る。
「私に触れたいんでしょう」
甘く囁くその言葉は、砂漠で干からびる寸前の旅人に与えられたオアシスのようで、抗がうことなんてできなかった。渇きを満たすために飛び付かずにはいられない。たとえそれが、幻だとわかっていても。
僕が求めていたのは君のこころで、からだだけではなかったはずだ。それなのに、手順なんて逆でもいいと思ってしまった。からだが繋がればこころも繋がる。そういうものだと思っていた。
「ごめんなさい、そういうのは求めていないの」
初めて君と繋がり、舞い上がっていた僕は告白した。だけど君は街頭で配られるビラを避けるみたいにあっさりと断った。呆然とする僕をよそに、君はするすると服を着た。
「それじゃあ、またね」
僕の頬に軽くキスをすると、君はどこか淫靡な笑みを浮かべて部屋を後にした。残された僕は素晴らしい夢が途端に悪夢に変わったような心地だった。
それから度々、夜になると君は僕の部屋を訪れて、ひとときの慰みを与えていく。そして朝日が昇る前に去っていく。一夜の幻のように。
たぶんこれは、人としての正しさとか、道徳とかそういうものに反することなのだろう。そうとわかっていても、何度も夢想した君の体温を味わってしまってはもう手遅れだった。
「どうしたの、早くあなたをちょうだい」
誘うように開かれた君の中に、僕は自分を埋める。何度繰り返しても、その瞬間に訪れる圧倒的な充足感。
君は熱く湿った吐息をもらし、僕にしがみついた。汗ばんだからだが密着し、熟しすぎた果実に似た濃密なにおいが立ち込める。
今、この瞬間だけは、君は夢でも幻でもなく、僕の手の中にいる。