みそ(業務用)の日記

2018年10月08日 23時39分

そこにいたふたり

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君の荷物の分だけ部屋は広くなった。せまいせまいと言っては、次はこんな間取りの部屋に引っ越そうと計画を立てていた頃が懐かしい。
窓から見える木葉は紅く色づき、静かに揺れている。
唐突な別れ話に僕は女々しく狼狽えることしかできず、君はあらかじめ決めていた計画のようにてきぱきと荷物をまとめて出ていった。なんの未練も垣間見えないその手際には、理路整然とした美しさすらあった。
仕事を追えて帰ってくる度に荷物を詰め込んだ段ボールは増え、その分だけ別れが近づいていることがわかった。無言のカウントダウンは決して止まることがなかった。
この段ボールをひっくり返して荷物を戻してしまえば。
何度もそんな馬鹿げたことを考えた。しかしそんなことをしても、君の決意が揺るがないことはわかっていた。
普段はやわらかくすべてを受けとめてくれるけど、一度決めたら頑固で、それを覆すことはない。そういう強さを君は持っていた。憧れすら抱いていた君の強さがただただうらめしかった。
それでも君を引き留めるための言葉が幾度となく口から出そうになった。だけどそんな言葉が君に届くはずもないと、安酒とともに飲み込んだ。
そして鈴虫の声が聞こえはじめた夜。部屋に帰ると、廊下に積み上げてあった段ボールとともに君は姿を消した。月明かりが照らす部屋には、君がいた空白が横たわっていた。
何日かすればきっと見慣れる。君と暮らす前に戻っただけだ。
そう自分に言い聞かせるものの、ひとりでは広すぎる部屋には、どうしようもないくらいに君の残り香のようなものが染み付いていた。今にもなにげない顔をして、君が帰ってきそうなくらいに、色濃く。
君が残した空白を埋められるものが存在するのか、僕にはわからない。