2018年09月24日 21時29分
うつせみ
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彼女に向けたその言葉は声にならず、かすかな吐息になって空気に溶けた。透き通った清水のようなその横顔に、なにを言っても優しいだけの嘘にしかならないとわかったから。
「ねえ、なにを言おうとしたの?」
妙なところで鋭い彼女に曖昧な笑みを返して頭を撫でた。絹のようにさらさらとした髪。控えめだけどよく聞こえる耳。指に吸い付くような頬。
触れることで自分の中にあるはずの彼女への愛しさが呼び起こされないかと期待したが、凪いだ海のような静けさにただただ絶望し、自分の身勝手さや醜さに反吐が出そうになる。
彼女は頬に触れる僕の手に自分の手を重ね合わせて、「あったかい」と呟くと無邪気な笑みを浮かべた。かつてはその笑みに胸が満たされて、生きる意味すら見出だせていたというのに。
今では同じベッドで寝ていることにすらも胸を抉られるような罪悪感に襲われる。たまらなくなって窓を開けることを口実に立ち上がった。彼女の手が弱々しく僕のティーシャツの裾を掴んだけど気がつかないふりをした。
「雨、まだ降っているね」
雨音にかき消されそうな頼りない彼女の声。
朝から降り続いていた雨は激しさを増して地面を抉るような勢いになっていた。冷たい空気と土や草のまじった雨のにおいになぜか安堵している自分がいた。
窓辺に張り付いていた蝉の脱け殻は雨に流されてしまったのか、もうそこになかった。夏ももう、終わる。
みそ(鳩胸)
あらまあ、ビッグタイトルですね。源氏物語にこんなタイトルの章とかあるのでしょうか。
2018年09月24日 21時39分