みそ(業務用)の日記

2018年09月01日 23時35分

夕立。

長く尾を引く夏の夕暮れ。まだ昼間の熱気が未練がましくうずくまる部屋で、私はよく喋る男の声を聞いていた。内容は頭に入ってこない。
男の話がよっぽどつまらないのか、それとも自分で思っている以上にこの男に興味がないのか。どちらにせよ、行為のあとでぺらぺらと喋られるのはあまり心地よくない。黙って煙草でも吸っていてくれたらいいのに。
さっきまでは精巧に作られた歯車みたいになにもかもぴったり噛み合っていたのに、済んだら途端に錆び付いて耳障りな音を立てる。軋むのはベッドのスプリングだけにしてほしい。
歳をとるごとにしなくてもいい経験を積み重ね、目に見えるものも見えないものも錆びついていく。髪の毛、肌の張り、瞳の輝き、良心、正しさ、純情、愛情。それも持ち味だと胸を張って言えるようになる日が、果たして私に訪れるのだろうか。
男の話を聞き流してそんなことを考えていると、ざああと激しく窓を叩く雨音が聞こえてきた。錆びた歯車のような男の声をかき消す雨音に耳を澄ませる。
なにもかもに染み付いた錆びを根こそぎ落とすような力強く、清廉な雨音。
夕立に降られて雨宿りするように、発作的なひと恋しさから逃れるためにしている行為を咎められたような気持ちになる。
正しいことだけをして生きられるのならどんなに楽なことだろう。けれど私はそんな生き方ができるほど強くないし、聖人君子なんかじゃない。錆び付いた心と身体を抱えてなんとか生きている、ちっぽけな人間だ。
激しい夕立はすぐに止むと、また男の声が聞こえてきた。耳障りな甘い声を振り払う強さは、私にはなかった。
夕立が止んだ空は古い錆のように赤黒く、夜の気配がした。