なつの日記

2018年07月17日 07時13分

まとまらない雑記

この間会社の先輩と大学時代の話になったとき。
当時の自分はいつも何かにイラついてて、それを友達に指摘されるくらいだった。学生時代にいつの間にかその感覚はなくなっていて、今もそんな感覚はないけどあれはなんだったんでしょうねとなんとなく聞いたところ、先輩もその経験があって、いつも何かにイライラしていたらしい。
俺も先輩もどちらかと言うとひねくれている方で、そのひねくれ度合いとか趣味が割りと似かよってて話も合うんだけど、そんなところまで一緒だと思わなかった。
そのひねくれ具合は世間の流行りとかによく向いていて、特に俗に言うミーハーってやつに対してよく文句をつけていた。
例えば流行りのアーティストに対してお前は本当にそれが好きなのか、ってやつ。俺もよく思ってたことだけど先輩は更に一歩踏み込んでる感じで、お前が本当にそれが好きで、例えばその音楽のどこかに何かが震える感じがあるのかと。それがあるならば自分が好きなのかは置いておいてそれを好きなお前は良いことだと思うけど、それがない、なんとなく好きって感覚はあまり理解できないよ、みたいな話。ここはたぶん人によって理解できる人と理解できない人がいると思う。
要は好きな物事のどこかに心震える感覚みたいなものがあるんじゃないの?みたいな話。好きって感覚はそういうものなんじゃないの?って。

で、きっと大学生の時に感じていた原因不明のイライラは、たぶんそういった心震える『好き』が見つけられなかったからじゃないかなと言う話をされた。
若さでありあまったエネルギー、ありあまった時間のぶつけ先に、熱中するものが見つからないことに対するイライラみたいな。俺は20の時になんとなくそれを見つけたみたいだし、先輩も学生時代にそれを見つけられたと。
ミーハーって言われる人も、いろんなものに分散して興味を与えることでそれを発散してるんじゃないかと考えれば理解できるよね、という話もした。
そう言われるとすごく腑に落ちる感覚がして、長年謎に思ってた学生時代のイライラの正体がわかった気がしてすごくスッキリしたし、この人に会えて良かったと心底思ったし、学生時代に自分の価値観にぴったりはまって好きだと言えるものが見つけられてよかったなぁとも思った。自分の価値観にはまる何かを見つけたときの無敵感を忘れないようにしたいと思った。

とりあえず、自分の好きという感覚は疑わないで大事にしたいなぁとおもいました