2018年07月16日 17時49分
失恋ヶ浜
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私が暮らす離島には恋ヶ浜という砂浜がある。見た目には地味でなにもない砂浜だがなんでもその昔、天女と漁師が恋に落ちて逢瀬を重ねた浜だとか。由来はそんな感じだったと思う。ちなみに島に暮らす私たちは、その天女と漁師の子孫らしい。
しかし離島に住む者で、この砂浜を恋ヶ浜と呼ぶものはいない。離島に住む者は皆、失恋ヶ浜と呼ぶ。
なぜかよくわからないが、恋ヶ浜には失恋したものを呼び寄せる魔力があるらしく、本土から恋の傷を癒しにくるひとがたびたび訪れる。そういったひとは世の中の不幸を一身に背負ったような顔をしているのですぐにわかる。そして夕方になると一様に恋ヶ浜で黄昏れる。
だから失恋ヶ浜。なんのひねりもないが、これほどわかりやすい名前もないだろう。
ただ黄昏れて帰ってくれるのならいいが、この失恋ヶ浜でなんと入水自殺をしようとしたひとがいた。犬の散歩でたまたま通りかかった私が見つけたからよかったものの、見つけられなかったらと思うとゾッとする。
だって嫌でしょう。犬の散歩で通りかかるほど身近なところで、自殺者がでるなんて。悲しいし、なんだか悔しい。
だからそれ以来、失恋ヶ浜でひとり黄昏るひとがいたら、必ず声をかけるようにしている。犬の散歩をしてるひとに声をかけられたら、死にたいって気持ちも少しは和らぐと思うから。
水平線の向こうに輝く燃えるような夕陽。海は凪いで静かに揺れている。ほほをくすぐる風はひんやりとやわらかくて心地よい。
こんな日にはいるんじゃないかと思っていたら案の定、失恋ヶ浜でひとり黄昏る華奢な背中を見つけた。ため息をついて立ち止まる私を、どうするんですかと聞くように愛犬のサチが見上げた。
「そりゃね、ほっときたいけど行くしかないでしょ」
呟いてサチの頭を撫でた。カウンセラーでもない私の声かけに意味なんてないことはわかっているが、もしものことを考えるとせずにはいられない。ただの私の自己満足に過ぎないことも、もちろんわかっているけど、それでもだ。
ぱたぱたと揺れるサチの尻尾に勇気付けられて、私は悲愴感の漂う背中に向けて一歩を踏み出した。