2018年07月07日 19時07分
発酵ラボの七夕
今日は7月7日、七夕です。我らが発酵ラボでも、密かに七夕を楽しむ納涼祭が行われています。流し素麺をして花火をするくらいの質素なものですけど。それにしても、七夕は毎年天気に恵まれませんね。
「ふふっ、それはね、空の神様は女神様だから、織姫と彦星に嫉妬しているのさ」
緒方さんが指パッチンを鳴らし、顔面に血管が浮くほどの力を込めて、二枚目な顔を作っています。
「緒方さん、そんなどうでもいいことをのたまっていないで、早く素麺を流してください」
かな子ちゃんが腰を落として、滑り台のように組まれた竹筒の前で箸を素振りしています。かな子ちゃんの流し素麺にかける熱意は計り知れません。
「ボク朝からなにも食べてないんだよ、ベリーハングリーだよ!」
「ご馳走が出るに違いない!と昨夜から期待しておったからのう。まったく、遠足前の子どもみたいで、うるさくてかなわんかった」
そんなに楽しみにしていたんですか。流し素麺するくらいだと言っておいたのに。
「そこはほら、ジャパニーズ特有のケンソンするカルチャーだと思うじゃない」
たぶん日本犬のくせになにを言っているんだか。しかし困りましたね、素麺以外は枝豆やぬか漬けの類いに乾きものと、おあげが満足しそうなものはないですよ。
「そこはこの財前にお任せを!さっ、あれの準備を!」
「かしこまりましたわ、坊っちゃま!」
財前君が大袈裟な身ぶりで指示をすると、メイドさんがどこかへ電話をかけました。すると間もなく大きなヘリが中庭に着陸し、たくさんの人々が出て来て、あれよあれよという間に屋台を設営して飛び去っていきました。鉄板焼きグリル 財前、と書かれた幟が立っています。
忘れかけていましたが、財前君は財閥のお坊っちゃまでしたね。それにしたって瞬時にこれを用意するとは、むちゃくちゃな気もしますが。
「お金があれば、大抵のことはなんでもできる!」
うん、絶妙に腹が立ちますね。
「しかし腹を立てては、それはそれで負けたような気持ちになるのう」
「まあまあ、そんなことよりも皆様、たくさんお召し上がりになってくださいな。全国津々浦々の和牛に海の幸、さらには坊っちゃま秘蔵のお酒の類いまで取り揃えておりますわ」
「あっ、ちょっと!それ特別な日に開けようと思っていたワインじゃないか!」
「本日はラボの皆様と過ごす初の七夕。これ以上特別な日は、今後坊っちゃまには訪れないかと存じますわ」
メイドさんがにこやかに毒を吐きつつ、手際よくワインを抜栓しました。項垂れる財前君を尻目に、銀子さんがワインを味わっています。
「ほう、ワインはピンときたことがないが、これは確かに旨いのう。いくらでも飲めるわい」
「お肉もデリシャス!肉汁のラッシュアワーやで!」
銀子さんとおあげの目尻が下がり、今にもほっぺたが落ちそうな顔をしています。しあわせとか恍惚とか、そういった題名の絵にできそうです。
「皆さんに喜んでもらえたのならよかったです」
なんとか持ち直した財前君がうんうんと頷いています。
「なあに、ワインなんてまた買えばいいんです!」
もう少し這いつくばってくれていてもよかったかもしれません。
「おや、緒方先輩とかな子先輩はまだ流し素麺か。呼んでこよう」
ああ、あのふたりはまだ呼ばなくていいですよ。だってほら。
「ならばこれならどうだ、妙技 笹川流れ!」
「流れが甘い!秘技 白鳥すくい!」
「ふっ、さすがだな、かな子ちゃん。去年よりも箸さばきが滑らかになっているぞ」
「緒方さんこそ、水の流れを読みきった流し、感服です」
流し素麺をしているだけなのにふたりとも汗だくになり、なぜかあちこちに擦り傷までできています。
「さあ、ウォーミングアップは終わりだ。いくぞ、かな子ちゃん!」
「いつでもどうぞ、緒方さん!」
「いくぞ、鴨川渡り!」
「流れが甘い、八ツ橋飛び!」
ねっ、楽しそうでしょう。
「ええ、あれを邪魔しては無粋というものですね」
こうして去年よりも賑やかな七夕は過ぎていくのでした。
あっ、雲が途切れて星が見えてきましたよ。空の神様が嫉妬の虫を抑えてくれたのか、地上の騒ぎに呆れて笑っているのか。なんにせよ、今年は織姫と彦星が出会えそうですね。