2018年04月05日 03時56分
酒と青春の(旅立たない)
駄目な学生だった。
ろくに大学にもいかず、伸びた髪をお座なりに引っ詰めて、メガネのつるは開きっぱなしで、いつ洗ったのかも忘れたような半纏をひっかけて、くたびれた下宿の台所に炬燵を置いて酒ばかり呑んでいるような。
そんな典型に自分を当てはめることを楽しむような、割とどうしようもない感じの。
イズミ君は何かと部屋に来た。
食料を持ってくることもあったし、本を持ってくることもあったが、酒とつまみを持ってくることが最も多かったように思う。
何を持って来たとしても、必ずイズミ君は無断で冷凍庫からズブロッカを取り出して、勝手に私のクマさんのマグカップでそれを呑んだ。
とろりと凍った酒精がイズミ君の食道を通り抜け、胃袋に火が灯される様を眺めるのが、嫌いではなかった。
そのすぐあとに、ふぉっ、っと大きく吐き出される、桜餅に似た香りも。
私の巣に来たイズミ君には、ズブロッカを呑む以外に、特に決まった行動はなかった。
互いに黙って本を読むこともあったし、急に料理を始めることもあった。
泊まっていくこともあったし、すぐに帰ることもあった。
イズミ君とはよく池波正太郎の話をした。
泣き崩れる向井佐平次の心境についてだとか、藤枝梅安の深いようで安直なサブタイトルについて、だとか。
必ず最後にはどちらかが「むぅん……」と唸って倒れ、二人でケタケタと笑った。
イズミ君が買って来たクリスマスケーキにのっかっていた砂糖菓子のサンタクロースへの虐待を敢行したときは、
鮭フレークの空瓶にサンタクロースを閉じ込めて、怖いCDジャケットの上に起き、それを小一時間、二人でただ眺めた。
駄目な人間だった。
自覚的に世の中の全てを見下していた。
当たり前のことが当たり前にこなせず、皆のように二本足で歩けないあの頃の私は、人生を逆立ちで蛇行して進んだ。
他人と会話するには常に見下ろす必要があった。
吐き捨てた唾も呪詛も、すべてが自身の顔を濡らした。
それすらも楽しんでいた。
あの頃の私は、いわば人生の達人だった。
エンジョイ!
イズミ君はそんな私の隣を、頼りなく転がり続けるスケートボードの上に体育座りで並走するような。なおかつ鼻をほじって空を見上げているような。
まことに失礼極まりない言い草だが、落伍者だった。
馬が合った。
モケーレムベンベの鳴き声はどのようなものか、について議論をした。
案の定下手くそなポケモンの鳴き真似大会(GB)になったが、どちらともなく「むぅん……」と唸るが最後、笑いの発作が完全に治まるのには長い時間がかかった。
あの頃の私たちの頭の中は、眠らずに迎えた夜明け前みたいに敏感だった。
私たちの青春は、いつも真夜中だった。
私は、イズミ君が好きだった。
美しくなっていくだけの思い出は、まこと始末に負えない。