2018年02月25日 22時52分
孤独よりも深い蒼
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君がいない季節を重ねる度に、僕の心は膜で覆われていった。薄く、透明な、光を遮るような蒼い膜。それは徐々にその色を深くし、今では僕と外界を隔てるほどになっていた。
誰かと喋るとき、意識しないと笑えずに難儀することが増えたのは、いつからだったろう。無理矢理に表情を動かすのは苦痛以外のなにものでもなかったが、そうしなければならない場面はとても多い。煩わしいことに。
無理に作った笑顔の数に比例して、家に帰ったときの疲労感は増した。やがてそれが閾値を越えると、涙が流れるようになった。
なんの感情も沸いてこないのに流れる涙に最初は戸惑ったが、いつしか慣れて、ただ音もなく流れるままにするようになった。それだけが僕に残った唯一の、人間性のようなものなのだろう。
お互い楽観的とは言えない人種だったが、ふたりでいれば多少は取り繕うことができた。なけなしの希望すら見いだすことだってできた。
そのおかげで僕は自分が人並みの人間になれた気がした。気取ったバラードなんかも素直に聴ける、そんな人間に。
君は自らが率先して話すよりも、誰かの話を聞くことを好んだ。特別リアクションを返すわけでもなく、ただ頷きながら話を聞いてくれる。
どんな話であっても心地いいラジオでも聞くかのように、いつも同じ調子で聞いてくれた。だから君にはいろいろなことを話せた。
まだ素直だった子どもの頃のこと。
ちぐはぐだった家族のこと。
初めてできた友だちのこと。
淡い初恋のこと。
あえて話す必要もなさそうな、他愛のないことまで随分と話した。どんな話も同じ姿勢で聞いてくれている、君を見て愛しさを実感できたせいかもしれない。
「僕の話なんか聞いて楽しい?」
ふと不安になり、そう聞いたこともあった。君はなにを言っているんだろうと、不思議そうに目を丸くした。その様子に僕はさらに不安になって続けた。
「ほら、僕は話が上手いわけじゃないし、見事な落ちがあるような話もできないし、退屈じゃないかと思って」
不必要に早口になりながら言うと、君はくすくすと笑った。控えめに咲く花のような笑み。
「確かにお世辞にも流暢な語りとは言えないかも。それでも、私はあなたの話を聞くのが好きだよ。私のために話してくれる、あなたの声をもっと聞きたい」
「そんなに聞いていたら、すぐに聞き飽きてしまわないかな」
僕の目を真っ直ぐに見つめて言うものだから、照れ隠しにそんなことを言ってしまった。
「大丈夫、あなたの声だもの、どれだけ聞いても飽きることなんてないよ」
当たり前のような顔をして言う君に、僕のちっぽけな不安が敵うはずなんてなかった。
君のことを胸に思い返す時、蒼い膜は薄れていく。飴玉がすっととけていくように、かすかな甘さと、さみしさだけを残して。
そして日々を過ごすうちに膜は再生し、その蒼を深めていく。
いつかこの膜は、君のいる深いところと同じ色になるのだろう。そうなったら君はまた、僕の話を聞いてくれるのだろうか。
その時までに、君に聞かせる話をたくさん用意しておかないと。それこそ君が、僕の声に飽きて根を上げるくらいに。だからもう少しだけ、待っていて。