2018年02月03日 17時48分
節分の鬼たち
タグ: 節分
狭苦しい四畳半の和室に、掘りごたつを囲んで二人の鬼が座っていた。
片や赤い肌の二本角で、彫りの深い厳めしい顔立ちをしていた。笑うと意外に人懐こい顔となり、そのギャップがいいと、界隈では騒がれている。
片や青い肌の一本角で、すっきりと端整な顔立ちをしていた。その甘いマスクで、ひっきりなしにお誘いを受けているとか、いないとか。
「今年もきちまったか」
顔にぴったりな岩のように固い声で言い、赤鬼はため息をついた。
「そうだね、毎年のお勤めだね」
涼やかな甘い声で言い、青鬼は苦笑いを浮かべた。
そこに女中が軽いお通しと、お酒の入った徳利を運んできた。銘柄は言うまでもなく鬼ごろしである。金平糖よりも甘い笑顔を浮かべて受け取る青鬼に、女中は顔を赤らめそそくさと退室した。
「ふむ、あの子はちょっと押せばいけそうかしら」
「おいおい、そういうのは一仕事終えてからにしてくれ」
「おや、一仕事終えた後に、またの一仕事ってかい」
下世話なことを言って笑う青鬼に、赤鬼は呆れたような目を向けた。
「お前なあ、そういうことばかり言ってるから、ろくろ首に愛想を尽かされたんだぞ」
「やだねえ、節分の前に景気付けしようって席なのに、野暮な話はおよしよ」
「しかしなあ」
「ほら、とりあえず一杯」
青鬼が徳利を向けると、赤鬼はしぶしぶ杯を出した。鬼向けの杯とあって、その大きさはラーメン丼くらいある。
やけに綺麗な所作で鬼ごろしを注ぐ青鬼から、言い知れぬ悲しみが伝わってきて、赤鬼はこの話題はまだ早かったかと反省した。
「それでは今年も節分を乗り越えるために、乾杯!」
「乾杯!」
ふたりは一息に鬼ごろしを飲み干した。鬼ごろしはその名のとおり、鬼を酔い潰れさるほど強いお酒だと言われているが、実際の鬼に言わせれば水のようなものである。
それでもぐいぐいと飲み干せば、青鬼の顔もうっすら赤くなり、赤鬼はもう赤を通り越して黒に近くなってきた。
「あはは、出たな黒鬼め!」
酔って黒くなる赤鬼が、青鬼のツボらしく、毎回それを見てゲラゲラと大笑いしている。もうすっかり慣れた赤鬼は、陽気な笑い声を無視して、節分についてしみじみと考えていた。
「年々思うのだが、人の方がよほど鬼じみてきていやしないか」
「あらまあ、そんな赤黒い顔をして、立派な角を生やした人なんていないよ」
「そうじゃない。俺は外面ではなくて、内面の話をしているのだ」
去年も一昨年も同じような話をしたがなあと思いつつも、青鬼はふんふんと相づちを打った。
「いじめにDV、不正に不倫。日々起こる陰惨な事件。まったく、いつから渡る世間は鬼ばかりになったのやら」
「僕らの出る幕なんてないくらいに、鬼が蔓延ってるねえ。そこらの雑踏で豆まきをしたら、いったい何人の鬼に当たるんだか」
青鬼の鬼ジョークに、赤鬼は苦笑いしつつ鬼ごろしを飲んだ。少し渋い味がした。
「僕らみたいにわかりやすればいいけど、いやはや、人の皮を被った鬼ほどおそろしいもんはないよ」
まったくだと赤鬼が頷き、ふたりは同じような重たく深いため息をついた。長い鬼付き合いのせいか、その仕草はよく似ている。
「それでも心健やかに生きている、いや、生きようとしている人たちもいるのだ」
「そうだね、そんな人たちのために、僕らは豆を投げつけられるんだ。もうちょっと手加減してほしいけど」
肩をすくめる青鬼を見て、赤鬼はぐははと鬼らしく笑った。幼子が見たら、火がついたように泣き出すくらいの迫力だ。
「そんくらいの気概がなけりゃ、真の鬼は追い払えんよ」
「それもそうだ」
青鬼もげははと鬼らしく笑った。見るものに身の危険を感じさせる、抜き身の刀のように鋭い迫力だ。
「さて、それではそろそろ参ろうか」
「ああ、年に一度の憎まれ役をやってやろうじゃないの」
こうして今年も鬼たちは節分に赴くのであった。