みそ(業務用)の日記

2017年12月29日 15時31分

若き日の緒方さん

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「おや、今日はなんだか静かですね」
発酵室に入ってきたかな子ちゃんが淡々と言いました。緒方さんは今日から冬休みですからね。
「なるほど、それはこの静けさも納得です。彼はひとりで10人分くらいしゃべりますからね」
昔は彼もあんなちゃらんぽらんじゃなかったんですけどね。どちらかと言えば無口で、非常にシャイでした。
「それは興味深いです。セクハラオブザイヤーに毎年選ばれ、堂々と受賞する彼からは想像もつきません」
そうですね。当人もいないことですし、緒方さんの赤裸々な過去を語るとしましょう。1日早く休みをとった報いです。
「赤裸々な過去を語られるくらい、むしろ緒方さんは悦びそうですね」

院卒のエリートが入ってくるらしい。
比較的のんびりとした人が集まっている我らが発酵ラボは、その新人の噂に戦々恐々としていました。
「エリートだよ、どうする、エリートだよ!」
「眼鏡だ、刺さりそうなほど鋭いフレームの眼鏡をかけているに違いない!」
「きっと知的な言い回しで小難しいことを語ってくるのよ、こわい!」
などなど、皆がそれぞれのエリート像を頭に描き、眠れぬ夜を過ごしていたとか、いないとか。
そしてとうとう、噂のエリートがやって来ました。ひょろひょろとした長身で、緊張にほほを赤らめる彼はとても初々しくて可愛かったです。
今ではもうそんなの見る影もありませんね。時の流れとはいかに残酷なものか。
「は、はじめまして、緒方和夫と申します。右も左もわからぬ弱者…?いやいや、若輩者ですが、何ぞと…?いや、何とぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!鞭は好きです!」
最後に気になる一言はあったものの、実直そうに挨拶をする彼を見て皆は安心しました。

口数は少ないが、真面目に仕事をこなす好青年。
皆の緒方さんの評価はおおむねこんな感じでした。今でも仕事は真面目にこなしていますが、その他はすべて真逆になりましたね。
とある連休明け。そんな彼が青ざめ、やつれきった顔でラボに入ってきました。仕事にも身が入らぬようで、普段ではありえないようなミスを連発して、見ていてかわいそうになるくらい謝っていました。
そんな緒方さんを心配した何人かで飲みに連れ出し、事情を聞き出しました。
彼女が、大学生の頃から付き合っていた彼女が八股してたんです!八股ってなんだよちくしょう!ヤマタノオロチかってんだ!」
まだ飲み慣れていないビールをごくごくと飲み干し、無口な彼にしては珍しく、彼女に対する悪口や未練をたらたらと口にしました。
「誰にでも股を開きおって、緩いのは頭だけじゃなかったようだな!」「ああ、しかしその笑顔は天使のごとく愛らしかった!」「八股ってなんだ、八股って!ギネス記録でも目指してるのか!」「それでも優しかった、もう一度優しくしてほしい!」
そんな風に管を巻く緒方さんに最後まで付き合ったのが、皆からお狐さんと呼ばれる人でした。

お狐さんは古くから発酵ラボにいるらしいのですが、正式な役職も名前すら誰も知らない摩訶不思議な人です。
ふらりとお花見や飲み会などの賑やかな場に現れて、気がついたらいなくなっているお狐さん。彼が支払ったはずの会費がふと見ると木の葉になっていた、という話から人を化かす狐のようだとその名がつきました。
「おやあ、気がついたらこんなに人がいないや。ってあなたはいったいどちら様?」
すっかりへべれけになった緒方さんが、当たり前のようにごくごくとお酒を飲んでいるお狐さんに聞きました。
「ボクは皆からお狐さんと呼ばれているよ。キミも気軽にそう呼んでくれたまへ」
「へえ、それはまた、なんとも面妖な呼び名で」
なぜか感心したように言う緒方さんに、お狐さんはカカッと笑いました。
「面白いね、キミは。気に入ったよ。どうれ、夜は長い。遊びに繰り出すとしよう」
「いや、しかし、明日も仕事が…」
「安心しろ、ボクも仕事だ」
働いている姿を誰も見たことがないくせによく言います。
「それならなおのこと帰らなくては」
「なあに、かまわんかまわん。多少はめをはずしたくらいの方が、キミにはちょうどいいさ」
「よくわからんことを言う…」
「行けばわかるさ、行かねばわからぬ。と言うわけでいざ行かん、キレイなお姉ちゃんが待つ桃源郷へ!」
仕事があああという断末魔のような声を残して、緒方さんはネオンサインが光る夜の街へと引きずり込まれたのでした。

そしてその翌日から緒方さんはなんということでしょう、今のようなちゃらんぽらんに成り果ててしまったのでした。
「恐るべし、お狐さん…」
緒方さんは決してその夜のことを語ってくれません。いったいなにがあったのやら。
「知らぬが花、と言うよね」
最初からそこにいたかのように、かな子ちゃんの隣で糸目の男が腕組みをして頷いています。さすがにこれには、滅多なことでは動じないかな子ちゃんも驚いたような顔をしました。
お久しぶりですねお狐さん。相変わらずの神出鬼没で。
「えっ、この人が噂の」
「そうです、ワタシが噂のお狐さんです」
変なおじさんみたいに言わないでください。出てきたということは、あの夜のことを話してくれるんですか。
「話すほどのことはないさ。噂されていたみたいだから、ちょっと年末の挨拶に来ただけだよ。よいお年を!」
「これはご丁寧にどうも。お狐さんもよいお年を」
芝居がかった動作で深々と頭を下げるお狐さんに、かな子ちゃんも深々と頭を下げ返しました。かな子ちゃんが頭を上げると、お狐さんの姿はキレイさっぱり消えていました。
「おやまあ、お狐さんはずいぶんとせっかちな方ですね」
かな子ちゃんのマイペースさも負けず劣らずだと思います。

大海老天丼まそ

緒方さんにも若き日があったのかー

2017年12月29日 18時41分

みそ(業務用)

可愛らしい好青年だったのに、なぜこんなになってしまったのやら…。

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