みそ(鳩胸)の日記

2017年11月13日 22時00分

発酵探偵ミソーン file15

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カツオが気を失っている間に霜降味噌は越後屋に奪われた。マグロはその際に激しく抵抗し、利き腕の骨を折られたそうだ。
信じていた部下に裏切られ、起死回生を賭けたカードを奪われ、さらには味噌職人として最も大切な腕までへし折られた。
絶望したマグロは、生きることを諦めちまったそうだ。なんともやるせない話だな。
その後マグロは母親とともに母方の祖父母の家で暮らすことになり、母親の旧姓であるダーシとなった。

「そして偶然、父親の仇であるニクが店を開くことを知り、そこに潜り込んだわけだ」
そこまで話し終え、すっかり冷めてきたコーヒーをごくりと飲んだ。探偵事務所の座り慣れたソファーに身を預けると、柔らかな眠気が襲ってくる。まったく、長い夜だったな。
「まさかあんなにチャラそうなカツオに、そんな重たい過去があったなんてね」
向かいのソファーに行儀よく座るあずきが、心底から驚いたように言った。人は見かけによらないもんだ。
余計な先入観は視野を狭める、と先代は口酸っぱく言っていたがその通りだな。
「けど、ニクはカツオに気がつかなかったの?会ったことがあるんでしょう」
「昔のことだし、姓も変わっているからな。そして何よりあのチャラそうな見た目だ。子供のカツオしか知らないニクが気づかないのも無理はないさ」
「においでわからないものかしら」
「猫じゃあるまいし、それは無理ってもんだろ。見かけが変わっていたらそうそうわからんさ」
「ふーん。鼻は利かないし耳も遠い。人間って不便ね」
一度猫の感覚ってのを体験したいもんだな。鼻も耳もいいなんて探偵としてどれだけ便利なことか。まっ、ないものねだりをしてもしょうがねえな。
「それで、カツオはどうして憎き仇にこき使われるような道を選んだの?」
「一番の目的はニクに近づき、霜降味噌を取り戻すことだそうだ。オヤジが心血注いで作ったものを我が物顔で使われるのは我慢できない、って言ってたぜ」
カツオの気持ちは俺にもよくわかる。どこかで美味噌が使われていたら、どんな手段を用いても止めるだろう。
「なるほどねえ。だけどカツオはニクじゃなくて、女将とお近づきになっているわよね」
どういうことだと、あずきが首を傾げている。その仕草はやけに人間じみていた。
「それがな、どうやら女将はカツオにすぐ気がついたそうだ」
「へぇ、鼻が利くのかしらね」
「さあな、どちらかと言えば目がいいんだろうさ」
鼻だと思うんだけどなあ、となぜか不満げなあずきは無視して話を進めるとしよう。

女将はマグロ一家が味噌蔵を畳んだ後どうなったか、とても心配していたそうだ。その様子に嘘はなさそうで、大人になったカツオを見て涙ぐんでいた。
どうやら女将は、夫であるニクが何をしたのか知らないらしい。
そう思ったカツオは、女将にニクがした悪行を話した。女将はたいそう驚いたそうだ。
「夫がそんなことをしていたなんて、いくら謝っても謝りきれないわ。だけど謝らせて。本当にごめんなさい」
そう言うと女将は膝を地面について土下座しようとしたそうだが、カツオはあわてて止めた。何も知らなかった女将にそんなことをさせるのは酷だからな。
土下座するならば張本人であるニク、それにナトウの野郎にさせるのが筋ってもんだ。
「私の夢である焼き肉屋さんを夫が叶えてくれたときは、とても嬉しかったです。だけど今の夫はお金のことしか考えていなくて、人間らしさを失ってしまいました。マグロさんの味噌蔵で働いていた頃の夫は、忙しそうにしながらも生き生きとしていたのに」
さみしそうに笑う女将を見て、カツオも昔を思い出したそうだ。父親の後を継いで、自分も味噌職人になると信じて疑わなかったあの頃を。
「霜降味噌はカツオさんにお返しして、できるなら一からやり直すべきだと思います」
こうしてカツオと女将は協力関係になりニクから、いや、越後屋から霜降味噌を取り戻す計画を練り始めた。