2017年10月30日 22時00分
発酵探偵ミソーン file14
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ワゴンからぞろぞろと出てくる、屈強そうな黒服の男たち。あんなにも楽しそうに晴れていた空が不吉な風に吹かれ、ぶ厚い雲がかかってきた。
「こ、これは越後屋さん。今日はどういったご用件でしょう?」
アマメとカツオを守るように、マグロが一歩前に出る。その足は少し震えていたそうだ。愛する家族の前だ、勇気を振り絞ったんだろう。
「どうもこうもありませんよ。あなたたち、ウチからの借金をまだ返していないでしょう」
屈強そうな男たちの中から、グレーのスーツにピンクのネクタイをした、ひょろりと細長い男が出てきた。サシ味噌との取引を担当していた、ナトウという男だ。
カツオはこの男を何度か見たことがあったが、粘っこい話し方でたいそう気味悪く思っていたらしい。俺もピンクのネクタイの男はいけすかねえな。
「えぇ、その節は大変お世話になりました。ですがこの霜降味噌で」
「オダマリなさい!」
ヒステリックなナトウの声が、マグロの弁明を遮った。
「借用書には金銭、もしくは等価となるものでの返済を認める、と書いておいたはずよね」
「は、はあ」
「それならすぐに渡してくれなきゃ駄目じゃないの。そのお味噌、かなり革新的なものらしいじゃない。寛大な私たちはその価値を認めて特別に」
蛇のようにぬめりと、厭らしく笑うナトウ。
「お金じゃなくて、そのお味噌で借金をチャラにしてあげるって言ってんの」
「それは困ります!この味噌は私どもが精魂込めて作った味噌でして、それを渡すなんてことは考えられません!」
寝る間も惜しんで完成させた味噌だ。我が子のように愛しいそれを渡すなんてとんでもない。
「あぁ、もうウルサイわね!ニクちゃん、早く霜降味噌のとこに案内して。それからレシピも忘れずにね」
「はいっ、ただいま!」
ナトウの後ろから出てきたのは、若かりし頃のニクだった。今はたらふく亭の店長をしているニクはなんと、元々サシ味噌の従業員だったそうだ。
「なっ、ニク!どうしてお前が…!」
呆然とするマグロを前に、気まずそうににやつくニクの肩を、ナトウが軽やかにポンと叩いた。
「それはねえ、気の利かない蔵主にかわって、ニクちゃんが霜降味噌の完成をアタシたちに教えてくれたからよ」
「すいません、マグロさん。ナトウの旦那の方が金払いがいいもんで、つい」
ニクはナトウに金で飼い慣らされ、スパイのようなことをしていたらしい。
「そんな…」
信頼していた部下に裏切られ思わず膝をつきそうになるマグロを、アマメが慌てて支えた。
「ニク!余計なことは言わなくていいから、早く案内おしっ!」
こちらですと先導するニク。それに続いていくナトウと黒服たちの前に、幼いカツオが立ちはだかった。
「父ちゃんがガンバって作った味噌をわたさないぞ、悪党どもめ!」
「ああ、坊っちゃん困ります。そこをどいてください」
「イヤだ!絶対にどくもんか!」
テコでも動かないと必死に抵抗するカツオに、ニクは手こずった。まったく、男気のあるお子さまじゃねえか。
「ああもう、なにやってんのよ、こんなガキに!どきなさい」
ナトウは苛立たしげにニクを押しのけると、容赦なくカツオを蹴り飛ばした。軽々と吹き飛び、地面に叩きつけられる小さな身体。
「カツオ!」
「てめえ、うちの子どもになんてことしやがる!」
心配そうに駆け寄るアマメと、憤然としてナトウに殴りかかるマグロ。ついに堪えきれなくなったのか、勢いよく降りだした雨。
カツオがその日あったことで覚えているのは、それで全部だそうだ。