2017年10月25日 22時00分
発酵探偵ミソーン file12
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潮騒通りは街の北部、その名からもわかるように海岸に面した通りだ。夏場になると海水浴客で賑わうこの辺りも、今では北風がびゅうびゅうと吹きすさび人気はあまりない。
深夜ともなればなおさらだ。人に知られたくない待ち合わせをするにはうってつけだな。それを見越してカツオはこの店を選んだのだろうか。
「いらっしゃい」
海岸沿いの道の脇にポツリとある、打ちっぱなしコンクリートのシックな店。店主はそれにふさわしく、丁寧に整えられた髭がよく似合うナイスミドルだ。
グラスを磨く立ち姿がビシッとして美しい。立っているだけで絵になるとはこのことだな。どっかのボロい居酒屋のマスターにも見習ってほしいもんだぜ。ま、あれはあれで味があるか。
「待ち合わせでね。さて、相手はもう来ているかな」
「うっす!ご足労いただき、ありがとうございます!」
L字型のカウンターの奥の席に座っていたカツオがわざわざ立ち上がり、頭を下げていた。カツオの他に客はいないようだ。それにしても、見かけのわりにずいぶんと礼儀正しい野郎だな。
「よう、遅れて悪かったな」
店を出るカツオの後をつけてきたから当然なんだがな。こわいお兄さんと合流することも周りにそれっぽい人影もなく、カツオが罠を張っている線は薄そうだ。
椅子を引いてくれたカツオに礼を言って座り、店主に水割りを頼む。カツオはすでにビールを飲んでいるようだ。仕事の後の一杯は格別だろうな。
「自分はカツオ=ダーシというっす」
よく知っていたが頷いておく。
「違っていたら申し訳ないんすけど、あなたはミソーンさんっすよね?」
「そうだが、どうして俺のことを知っているんだ」
あまり胸を張って言えることではないが、俺は有名な探偵というわけではない。せこせこと浮気調査に勤しむしがない探偵だ。
「親父からミソーンさんの写真を見せてもらったことがあったんっす。中折れ帽が同じだったから、ひょっとしたらと思って」
「写真?」
「これっす」
カツオが懐から出した古ぼけた写真には豪快に笑うカツオに似た男と、すました顔をした先代が写っていた。どこかの味噌蔵の前で撮られた写真のようだ。
「俺の親父とミソーンさんは親友だったんすよね?何かあったらこの人を頼れ、って親父が言っていたっす」
なるほどな、俺を先代だと思って呼び出したわけか。何かあったら、ってまさか浮気がバレそうで困っていますってとことではないよな。
「確かに俺はミソーンだが、この写真に写っているのは先代だぜ。ほれ、よく見てくれ。俺の方がいい男だろ」
写真と俺を交互に見て露骨に落胆するカツオ。素直なやつみたいだな。
「そうっすよね、どうりで若すぎると思ったっす」
「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。先代にかわって話くらいなら聞けるぜ」
促すもカツオは迷っているようだった。
「だけど、聞いたらミソーンさんに危険があるかもしれないっす」
聞くだけで危険かもしれない。それに写真に写っていた味噌蔵。確かオタクサはたらふく亭で使われている味噌は、どこかから越後屋が奪った味噌だと言っていたな。
「それは越後屋関連の話かい」
鎌をかけてみたらカツオは見事に動揺しやがった。
「俺も越後屋を追っているんだ、詳しく話を聞かせてくれ」
カツオは俺の目を見て、覚悟を決めたように頷くと何があったのか語り始めた。