2017年10月01日 22時00分
発酵探偵ミソーン file9
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たらふく亭の裏手、従業員用の出入り口が見える角に俺はひっそりと身を潜めていた。
街灯に照らされた出入り口がくっきりとよく見える。それにひきかえ周囲になんの灯りもないこちらの姿は、よほど注意しない限りは気がつかれないだろう。猫のように夜目がきけば別だがな。
「ちょっとミソーン、こそこそとなにをしているのよ。物漁りにでも転職したの?」
後ろから声をかけられびくりとしたが、聞き覚えのある猫の声で落ち着きを取り戻した。まったく、心臓に悪いやつだ。
「あずきか。人様のプライベートを嗅ぎ回って漁る、って意味なら元から俺は漁り屋みたいなもんだな」
「ふーん。で、ずいぶんとご機嫌そうだけど、なにか収穫はあったの」
自分から言っておいて連れない奴だぜ。これも猫だからか。
「ああ、カツオからラブレターをもらっちまってな」
コースターを見せてやると、あずきは感心したように喉を鳴らした。
「へぇ、待ち合わせってわけね。だったらどうしてこんなところで油を売っているのよ。たらふく食べ過ぎて動けない、やんて言わないでしょうね」
闇の中にあずきの琥珀色の目がきらりと光った。感心したり不機嫌になったりと忙しいやつだ。
「まさか、なにか裏はないか見ておこうと思ってな。考えてもみろ、なんでカツオの野郎は見ず知らずの客である俺をわざわざ呼び出したんだ。おっと、カツオにそっちのケはなさそうだから、俺に惚れたかもしれないってのはなしだぜ」
最初はほうほうと聞いていたあずきだったが、呆れたようにため息をつかれた。猫もため息をつくんだな。
「どこかでミソーンのことを知ったカツオに、なにか悪意がある罠を仕掛けらているのかもしれない、って言いたいわけね」
「そうだ。なぜかはわからないが、カツオは俺を見てあからさまに反応していた。おっと、反応といってもカツオのあれ」
「それはもういい。続けるならセクハラ探偵って呼ぶわよ」
鋭いねこパンチとともにぴしゃりと遮られる。いかんいかん、つい下品なことを言いそうになってしまった。言動は常に紳士的でなきゃな。
「すまんすまん。カツオを見張って、もしも怖いお兄さん方と合流でもしようものならとんずらして逃げよう、っていう素敵なプランさ」
「威張って言うことじゃないけど、警戒するにこしたことはないか。どうしてカツオがミソーンを見て反応したのか、確かに気になるところね」
「まっ、それも無事にカツオとデートできればわかるさ。で、あずきの方はどうだったんだ?」
「ところでミソーン、たらふく亭のお肉の味はどうだったの?」
俺の問いかけを軽やかにかわして、質問かぶせをしてきやがった。これはつまり。
「首尾はよくなかったんだな?」
「いやだわミソーン。レディにそんなこと言わせるなんて」
「そうよミソーン。子猫ちゃんにそんなこと言わせるなんて、紳士失格よ」
暗闇の中から聞こえてきた、熟した果実のように官能的な声。振り向くと妖艶に漂う、脳髄を痺れさせるような甘いにおい。
「久しぶりね、ミソーン」
そこらのモデルが裸足で逃げ出すような美貌に、男なら思わず二度見するほどのナイスボディをもつ魔性の女が暗闇の中にひっそりとたたずんでいた。
「どうせならもっと洒落たところで会いたかったもんだな、オタクサ」