2017年09月30日 22時18分
発酵探偵ミソーン 総集編 後編
タグ: 発酵探偵
やつらにとって強い中毒性のある美味噌は巨万の富を生み出す金の卵。無駄に悪知恵が働く連中だ、悪用しようと思えばいくらでもできる。
越後屋は美味噌を奪うため研究所に押し入り、マリアさんを追い詰めた。
マリアさんは人々を幸せにするはずの美味噌が、人に害をなすくらいならばと研究所を火にかけた。自らが犠牲になることもいとわずに。
焼け落ちていく美味噌に関する資料の束。美味噌の入った発酵樽。そしてマリアさんの肉体。
越後屋の黒い部分を知った先代が駆けつけた頃には、もうすべてが手遅れだった。地に膝をつき、己の無力さをただただ悔やんだという。
その後、先代は火事の現場からひとつの発酵樽が持ち出され、越後屋の車に乗せられて何処へともなく消え去ったことを知った。それ以来、先代は越後屋を追い続けていた。
発酵樽の中身は十中八九美味噌で、越後屋は自前の研究所に持ち込みその成分を解読し、量産しようとしている。
解読が終わる前になんとしても美味噌を取り戻さなければならない。父娘の夢を金儲けの道具にさせてなるものか。
それが先代の意思であり、古臭い中折れ帽とともに俺が先代から受け継いだ遺志だ。
もしも、たらふく亭の味噌ダレが美味噌を使ったものだったら、俺はなんとしてもそれを取り戻さなければならない。
それが俺なんかを拾っていっちょまえにしてくれた、先代に対する仁義だ。
「たらふく亭は確かに越後屋がスポンサーについている。だがそんなことを言い出したら、新しく東エリアにできた店はほとんどがそうさ」
「手広くやっていやがるんだな。ずいぶんと羽振りのいいことで」
「俺の知る限りたらふく亭に黒い部分は見られないし、まっとうに商売をしているんじゃないか。あれだけ注目されたいる東エリアだ。やつらもそうそう妙なことはできんし、しないだろうさ」
東エリアは順調に再開発が進み、越後屋は若者向けの観光地として売りだしていくつもりなのだろう。
そんな場所でキナ臭い商売はしにくいし、奴らにしてみてもするうま味は薄いか。まっとうに売り出した方が儲かるだろうよ。
「たらふく亭で美味噌が使われている可能性はどうだい?」
「さあね。ゼロとは言わんが、ただのずば抜けて美味い店なんじゃないのか。どうせ浮気調査にかこつけていくんだろう。自分の目と舌で確かめてこい」
しっしっと犬でも追っ払うような扱いだ。まったく、長生きしそうなじい様だ。
「それもそうだな。ありがとうな、マスター。今度呑みにくるよ」
「ツケを払ってからにしやがれ、バカ野郎が!」
「なあに、今に出世払いしてやるさ」
俺は言い残すとそそくさと甘露庵を後にした。うっすら何か聞こえてきたが、きっと祝福の言葉にちがいない。
東エリアのショッピングモールに併設されたレストラン街。若者向けの洒落てはいるが粋でない店が並ぶなかに、たらふく亭は堂々と店を構えていた。
さすがに人気店だけあって混んでいるが、運よく一人用席に座ることができた。最近の焼き肉屋はお一人様にも優しいんだな。
一人用のかわいらしいグリルに火をつけてくれた店員に適当な注文を頼む。そこかしこから肉の焼ける音と、食欲をそそるにおいがたちのぼる。
さてと、入ってみたはいいがどうやって件のカツオと接触したもんかねえ。よく考えたら、キッチン業務だったら無駄足なんじゃないのか。
まあ、それでも美味噌が使われているかの調査はできるか。むしろそっちがメインだ。あずきには、貴重な調査費を使ってたらふく食ってきただけか!と怒られるだろうが仕方あるまい。
「お待たせいたしました」
開き直る覚悟を決めていたら、鴨が肉とビールを持ってやって来やがったぜ。俺のツキもなかなか捨てたもんじゃないな。
そこには写真で見たままに軽薄そうなカツオが立っていた。
カツオは俺を見るとハッと目を見開き驚いたようだったが、すぐさま営業スマイルを取り戻した。確かに俺は自称二枚目だが、そんなに驚かれるような外見ではないはずだ。
何かあるのだろうかと思ったが、まあ考えてわかるようなことではないだろう。
軽薄を絵に描いたような見かけからは想像できないほど丁寧に、肉の部位や焼き方の説明をされた。写真ではつけていたチャラチャラとしたピアスやネックレスを今はしていない。
席まで案内した店員がピアスをつけていたり、物と物との隙間にほこりがたまっていたりと、この店の安全や衛生面の管理にはちょっと甘いところがある。意地悪な姑が見たら嬉々として指摘することだろう。
その点カツオはアクセサリの類いは一切身につけず、きちんと爪まで短めに切り揃えて身なりは清潔そのもの。意地悪な姑も思わずにっこりだ。
カツオは見かけよりも真面目なやつらしい。まっ、それと浮気してるかどうかは別のことだがね。
「ありがとな、兄さん。食べるのが楽しみになるような説明だったぜ」
「そう言ってもらえて嬉しいっす。お客さんに楽しんで、美味しく食べてもらえるのが何よりの幸せっすからね」
爽やかな物言いに、なかなかかわいい笑顔じゃねえか。ホンが惚れた理由もわかる気がしてきたぜ。
「ところで兄さんよ」
探りを入れようとしたところで、カツオが厨房から呼ばれちまった。申し訳なさそうに仕事に戻るカツオをいいよいいよと見送って、俺は早速肉を焼くことにした。
これでこの店で美味噌が使われているかどうかがわかるな。柄にもなく緊張してきやがった。
看板メニューである、味噌漬け熟成カルビ。これを食べれば一発でわかるだろう。
網に肉を乗せるとじゅうじゅうと脂が滴り落ち、食欲をそそる香ばしい味噌のにおいが鼻をくすぐった。こいつは確かに旨そうだ。
カツオが言ったとおりに片面を20秒ほど焼いて裏返し、一呼吸置いて肉を取り皿に移す。少しばかり焦げた味噌が目からも誘惑してきやがる。
「いただきます」
慌てることなく紳士的に手を合わせる。食べ物への感謝はいつ、いかなる時でも忘れてはならない。先代はいくつも紳士のたしなみを教えてくれた。
箸で肉をつまみ上げ、口の中へとお迎えする。噛むたびににじみ出る肉汁に、焦げた味噌の香ばしさ。
豊かな大豆の風味。発酵が生み出すまろやかでいてこくのある旨味。鼻を抜けていくかおりがもたらす余韻。これはご飯が何杯でも食べられちまいそうだ。
とんでもなく旨い味噌を使っているが、マスターの言うように美味噌ではないな。かつて先代が少しだけ食べさせてくれた、美味噌の全てをなげうってでも食べたくなるあの味には及ばない。
しかしたいていの旨い味噌は知っているつもりだったが、俺にもまだまだ知らない味噌があるんだな。こいつはご機嫌だぜ。
麦酒もすすんでもう空いちまった。
「おかわりお持ちしました」
タイミングを見計らっていたかのように、カツオが麦酒を運んできた。ご丁寧にコースターまで替えてくれている。
「おう、ありがとな」
礼を言ってさて話をと思ったが、カツオは他の客に呼ばれちまった。さすが人気店、閑古鳥が鳴くどっかの場末の居酒屋とは違うねえ。
冷えたグラスを持つとなにか違和感があった。
そうか、コルク地のコースターの表と裏がさっきと逆なんだな。俺は几帳面な方でそういうことが気になっちまう。
カツオも抜けているんだなと思いつつくるりと返すと、そこには角ばった字で『潮彩通り cafe&bar カエデ』と書かれていた。
おっと、こいつは思いもがけないラブレターだな。
目立たないようにコースターをコートのポケットに入れると、俺は何食わぬ顔でひとり焼き肉を満喫することにした。
みそ(鳩胸)
ありがとうございます!
しかし一度も本来の意味での日記を書いてないんですよね。
2017年09月30日 22時21分
くわふ
芸が細かい!
2017年09月30日 22時22分
みそ(鳩胸)
くわふさん
いやあ、頑張りました。
総集編なのに小分けにしなきゃならないのは少し残念です。
2017年09月30日 22時24分
みそ(鳩胸)
ねこさん
天才あらわる!
いや、こんなの印刷されるのは恥ずかしすぎます。
2017年09月30日 22時25分