2017年09月21日 22時01分
あずき日和
タグ: あずき
私は猫である。名前はあずき。
今のパートナーである腐れ探偵に名付けられた。私はその名前を気に入っている。
あずき。
小さく煉瓦のような色をした豆の名前。私の毛並みはビロードのように艶やかな黒で、色から名付けたわけではない。ではなにから名付けたかというと。
「くりんとつぶらな目をしているな。まるであずきみたいだ。そうだ、お前さんの名前はあずきでどうだい」
ずいぶんと適当な名付けかたではあるけど、その響きは悪くなかった。前につけられていた、大袈裟で品のない名前に比べるとよっぽどいい。
「ミソーン、いい加減に起きなさい。太陽はもうとっくに登っているわよ!」
腐れ探偵は依頼がないとき、ソファーの一部になったかのように眠っている。2階にはちゃんとしたベッドもあるのに、なぜか彼は探偵事務所になっている一階のソファーで眠ることを好む。
「先代がいた頃の名残だ。こっちの方が落ち着くんだよ」というのが彼の言い分だけど、お客さんも座ることがあるソファーで眠るのはいかがなものだろう。
幸いミソーンは体臭が薄い方だし、まだ加齢臭もしていない。いつか加齢臭が始まったら、彼のソファー睡眠に終止符を打たなければならない。そのときばかりは猫の私でも、心を鬼にしなければ。
ばしばしと彼の頬を叩き続けると、ようやく目を覚ました。
「なんだよ、まだ朝じゃないか。今日は依頼もないんだしもう少し寝かせてくれ」
「今日は、じゃなくて、今日も、でしょう。早く顔を洗って猫缶を開けてよ。お腹ペコペコ」
「猫の手足ってもんは不便だねえ」
「世の中のものは人間用に作られすぎなのよ」
素っ気なく返すと「違いない」と笑ってのそりと起き上がった。なにが面白いんだか。彼のツボはよくわからない。
さっと顔を洗うと、ぱかりと猫缶を開けて皿にミルクも注いでくれた。ようやく催促しなくてもミルクを出してくれるようになったわね。
「少しは気が利くようになったじゃない」
「そりゃどうも、あずき様」
大袈裟に肩をすくめながら答えるミソーン。彼は動作が少し芝居がかっている。
彼がトーストを焼きコーヒーを淹れ終わるまで待って、私もご飯を食べ始めた。以前の家ではわからなかったけど、誰かと食べるというのは悪くない。
視線を感じると、ミソーンが私を見つめていた。ひげにミルクがついていたかと、前足で顔を洗うもなにもついていない。
「なに、私の顔になにかついてるの?」
「いや、そうじゃない。誰かと食う飯も悪くない、と思ってな」
「なんだ、そんなこと」
興味なさそうに返して、ちろちろとミルクを舐める。「ドライだねえ」とミソーンはまたも笑っている。
同じことを考えていたのも悪くない、と思ったけど口に出してやらない。猫とは気紛れなものよ。