2017年09月16日 22時00分
発酵探偵ミソーン file2
タグ: 発酵探偵ミソーン
ミソーン探偵事務所がある昔ながらの麹通りは街の南東に位置している。噂のたらふく亭は街の東、つまり事務所から見て北の方角にあたる。
東エリアは越後屋という胡散臭い組織を中心に再開発が進んで、古き良きネオンサインの面影は夏の夜の幻のように消え去っちまっていた。健全な若者が連れだって闊歩するようなところではなかったんだがなあ。金平糖通りなんていうお洒落なのか、ダサいのかよくわからん名前までつけられている。
かつて東エリアの象徴的な建物だった、いかがわしいショーを催していた大舞台があったところには、健全なショッピングモールと映画館。営業許可なんてどこ吹く風な屋台が堂々と立ち並んでいたところには、気取った服屋やコジャレた飲食店が建ち並ぶ。
まったく、すっかり若者向けのキラキラした街になっちまっている。俺はもっとギラギラとした街並みが好みなんだがねえ。
俺が若かりし頃の東エリアは小汚いクラブや場末の飲み屋、なにを扱っているのかもよくわからん古臭い店が建ち並び、夜にはもんもんと妖しげな光を放っていた。
まともな奴はあまり近寄らず、ひねくれもんのお天道さんの光を浴びるのが苦手な奴等が集まる吹きだまりのような場所。それがかつての東エリアだった。
あらゆるものを妬んで羨んでいた俺にとっては、最低なくらいに居心地のいい場所だった。
最高にキラキラとした今の街並みが眩しくて思わず中折れ帽を目深にかぶり、薄暗く湿っぽい裏路地に滑り込む。たらふく亭の開店時間はまだ先だし、少しくらいぶらぶらしてもバチは当たらないはずだ。
まだ再開発の魔の手が伸びていない薄汚れた路地裏には、今にも外れそうな看板に、我が物顔でゴミを漁る野良猫が出迎えてくれた。
やけに鋭い目つきをした猫は俺のことをちらりと見たが、すぐに興味を無くしたようでお宝探しに戻った。まったく、たまらないふてぶてしさだな。野良はこうでなけりゃ。
何かに挑戦するかのように、壁際にうず高くつまれた瓶ケースにわけもなく安堵した。ここはまだ俺が入り浸っていた頃のうらぶれた東エリアだな。
記憶を頼りに裏路地を歩くと今にも潰れそうなくせに、なかなか潰れないしぶとい飲み屋がまだ生き残っていた。昔のまんまさびれた姿に思わず笑っちまう。甘露庵という名前にふさわしく、旨い酒と料理を出すにくい店。
忘れもしない、俺が先代のミソーンに拾われたのはこの店だ。