2017年09月10日 10時43分
私と寛
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3枚で980円。その中の1枚が彼だった。
黒地に白でジャングルの木々のような模様が描かれたトランクス。私は彼を妙に気に入り、他の2枚よりも多く穿いていた。
彼に愛着がわいた私は、彼に寛と名前をつけた。俳優の阿部寛さんが好きだからというのはあまり関係ない。
穿き心地は他の2枚ともちろん同じである。ただ、寛を穿いていると私の気分は奇妙に高揚した。紅葉の時期が近いからといってかけているわけではない、念のため。
寛は私の節目節目を、私の下半身から優しく見守ってくれた。そして私の下半身を騎士のごとく万病から守ってくれていた。
寛を穿いているとき私は、幼い頃に父に抱っこされたときのような、力強い安心感に包まれていた。
一人暮らしを心細く思っていた私の側にいてくれた寛は第2の父とも言えるだろう。
そんな寛が昨晩、無惨に破れてしまった。すべては私の不注意だった。
謝っても、許されない。後悔をしても、意味はない。
破れた寛はもう、私の下半身を安心感に包んではくれない。心の支柱を失ってしまったような、ひどく心細い気持ちだ。
私の住む地域では、衣類は燃えるごみで出すことができる。しかし、しかしである。
第2の父である寛に対して燃えるごみなどという、まさに外道の振る舞いを私はしなければならないのか。
取っておいても使い道はないことはわかっている。だからと言っておいそれと燃えるごみに出せるものか。
「いいんだぜ」
葛藤する私に、声が聞こえてきた。渋く、低く、でもあたたかみのある声。
「俺はもう、お前の下半身を万病から守ってやることはできない。だからもうこれ以上、惨めな姿を見ないでくれ」
それはまぎれもなく、寛の声だった。
ああ、けど寛。それでも私は、あなたと離れたくない!
「お前はもう一人でも大丈夫だ。これだけ思ってくれて、見送ってもらえるんだ。一介のパンツには過ぎた幸福さ」
わかったよ、寛。今まで、ありがとうございました。あなたは最高の、パンツでした。
「ああ、元気でな。あんまりパンツ一丁で寝るんじゃないぞ」
それを最後に寛はうんともすんとも言わなくなった。寛は深い眠りについたのだと悟った。
私は寛を大切な宝物を隠すように、丁寧に新聞紙にくるんだ。外はこんなにもいい天気で雨も降っていないのに、不思議なことに新聞紙が濡れていた。