2017年09月08日 23時37分
老人と大豆
田んぼの畦道、雑草に紛れてポツンと生えた大豆の芽。それが私でした。
周りに呼びかけてみても誰からも返事をもらえずに、ただひたすら大きなお月様を見上げていると不安な夜が明けました。日の出からまもなくして、ブルンブルンと鈍い音をたてる古ぼけたバイクに乗った老人がやってきました。
老人は路肩にバイクを止めるとまだ弱い朝日が水に揺れる田んぼを満足げに眺め、古びた鎌を手にし畦道の草を刈り始めました。
老人が慣れた手つきでしゅんしゅんと鎌を振るうたびに、雑草が朝露を飛ばしながらさあさあと散っていきます。
その様子を見ていた私は自分もあの鋭い鎌に刈られてしまうのでは、と思い咄嗟に声をあげてしまいました。
「どうか私のことは、その鋭い鎌で切らないでくださいね」
老人は私の声が聞こえたようで辺りを見回しましたが、首を傾げると気のせいにしてしまったようで、再び鎌をしゅんしゅんと振るいました。
「気のせいではありません。私はあなたの足元にいる大豆の芽です」
あと数センチで私の柔らかな葉に鋭い刃が届こうかというところで、老人は動きを止めました。そしておそるおそる雑草をかき分け、私を見つけるとほうと息をつきました。
「あれまあ、こいつはたまげた。長年百姓を続けてきたが、喋る大豆の芽なんて初めて見たぞ」
「そうなのですか。まあ、たまにはそんなことがあってもいいでしょう」
老人はうにゃむにゃとなにやら口の中で呟いていましたが、何かを納得したように頷きました。
「そうかもな。とりあえずおめえさんを傷つけないように気を付けながら、草刈りをさせてもらわあ」
これが老人と私との出会いでした。
「そう言えば何年か前に孫がこの辺になんか植えてたが、あれはお前さんの種だったのかい」
私のそばに腰掛け煙草をぷかりぷかりと吸いながら老人が言いました。老人の華麗な鎌さばきにより、畦道はさっぱりと綺麗になっていました。
「何年も前に植えた種が忘れた頃に芽吹いたのですか」
「そうみたいだのう。まあおめえさんはのんびり屋なんだろ。たまにはそんなことがあってもいいでしょう」
老人はうははと笑いました。さっきのお返しなのでしょうか。私の口調を真似る老人に、なぜたか少しムッとしてしまいました。
「からかうのはよしてください」
「あらまあ、大豆の芽だからかしら。おめえさんは固いねえ。そういうときは、からかうのはよしこちゃん、って言うもんだぜ」
なにが楽しいのか、老人はまたもやうははと笑いました。
わけもなく楽しそうにする老人の様子に私も少しだけ楽しくなってきていましたが、素直にそれを認めるのもなんとなくしゃくで、だんまりを決め込みました。貝のように口を閉ざす作戦です。
すると老人はばつが悪そうに頬をかき「すまん」と低い声で謝りました。
「ばあさんに先立たれてから、話し相手がいなくなっちまってな。調子に乗っちまったわ」
ご陽気そうな老人がしゅんとする姿に、私の根元がチクリと痛みました。
「ばあさんにもよく言われたわ。あんたにはデカシリーが欠けてる、ってな」
真面目な顔でそう呟く老人に、私は思わず声をたてて笑ってしまいました。
「なんだい、人が反省しとるのに。ひでえ大豆だな」
「いえ、ごめんなさい、おじいさん。それを言うのなら、デカシリーではなくて、デリカシーですよ。それでは、大きなお尻に、なってしまいます」
笑いをこらえながらつっかえつっかえそう教えると、おじいさんは「あらま」と目を丸くしました。
「なんかおかしいと思っていたんだが、そうか。デカシリーじゃなくて、デリカシーか」
「言い間違いはよしこちゃんですよ、おじいさん」
大真面目に私がそう言うとおじいさんも私も堪えきれなくなり、朝日がきらきらと揺れる田んぼの畦道で大笑いしました。
みそ(鳩胸)
淳子さん
だいたいあっています。急に老けましたね。
2017年09月09日 00時20分