2017年08月28日 21時34分
心意気ラップ
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学生時代、当然のように非モテだった私は、同じく非モテな友人とあることにハマっていた。それはカラオケで、ラップの入った曲を入れてそれっぽく歌い上げる、というなんともしょうもない遊びだった。私たちはこれを心意気ラップと呼んでいた。
サビは知っているが、ラップのところはよく知らない曲。例えば、オレンジレンジの花やケツメイシのさくらなどを好んで歌っていた。
サビは誰かが歌っていたのを聴いていたこともあってか問題ないのだが、ラップ部分はけっこうあやふやなものである。
そこを非モテゆえのセンスと勢いだけで歌う。ときには歌詞もなあなあで適当だ。心意気だけで歌うものだから仕上がりもとうぜん毎回異なる。しかしとにかく恥ずかしがらずに、それっぽく歌い上げる。
そんなことに貴重な青春を捧げていたのである。いくら練習したところでモテる要素などなにもないのに。
普通に歌の練習をしておけば、ひょっとしたら何かの間違いでいい思いもできたかもしれないが、私たちにそんな発想はなかった。そんな発想をするには希望がなさすぎた。
女性関連に浮かれるやつらは、下半身に脳を支配されているのだ!と狭いカラオケでくだを巻いていた私たちにもふいにチャンスが訪れた。
ゼミの飲み会、そして二次会にカラオケという黄金コースへとあいなったのだ。その中にはもちろん女子もいた。
これはひょっとしたら最後のチャンスかもしれん。しかしカラオケでまともに歌える持ち合わせなんて、槇原敬之のどんなときもくらいしかないぞ。心意気ラップなんぞ披露した日には、エセラップ野郎と呼ばれてしまう。
私はひどく困って友人を見た。友人はひょいひょいと機械を操作しオレンジレンジの花を入れていた。
お前の心意気、見せてもらおう。私はなんの迷いもなくどんなときもを入れた。
そして友人が最初のサビを歌い終えて、いよいよラップ部分へと入ろうとしていた。
いけ、友人よ。お前の心意気を浮わついた奴らに見せつけてやれ。そして恥をかけ。そう思って邪悪な笑みを浮かべていた私は馬鹿だった。
普通に手慣れた様子でラップ部分を歌っているのである。なんなら抑揚やそれっぽい身振り手振りまでつけてノリノリである。
当然、会場は盛り上がった。なんの心意気もない無難なチャラチャラしたラップだろうと、大学生は盛り上がる。
歌い終えると友人は、なんだよ上手いじゃん、こんな特技があったんだね、などとちやほやとされている。非常に和気あいあいとした空気だ。
そんな中で次に歌われる曲は、どんなときも。私はビルの間をきゅうくつそうに落ちて行く夕日に、自らの存在を溶かしたくなった。