2014年10月18日 21時04分
かみさま。
かみさま、と僕は思う。神様なんていないのだと決めていても。階下のリビングからは喚き声と叫び声と、どたばた走り回る音がして、がちゃんばたん、ごつんがしゃんばりーん、で、また悲鳴。僕は耳を塞ぐ。目はとっくに閉じている。お父さん、お母さんを殴らないで。お母さん、お父さんを怒らせないで。こんな夜は早く終わればいい。こんなことは早く終わればいい。
かみさま、と僕は思う。僕がもっといいこだったら、あるいは普通だったら、神様助けてくださいと願うんだろう。でも僕は願わない。神様なんていない。誰かが助けてくれることなんてない。 助けてくれることはないんだと知った日から、僕は神様に願わなくなった。
でも名前を呼ぶくらい、いいでしよう。
かみさま。
廊下を歩いてくる足音がする。ノックもなく僕の部屋へ誰かが入ってくる。その誰かは布団を剥いで僕の腕にそっと触れる。僕は身を起こして、いつもみたいに抱きしめてもらう。誰かなんて、この家にはあとひとりしかいない。僕はお兄ちゃんにすがりつく。固く目を閉じたまま。
下で大きな物音がして、僕の身体はビクッと固まる。お兄ちゃんは僕の頭を優しく撫でる。お兄ちゃんの身体はいつもあたたかい。しばらくそうやって包まれていると、僕は少しほっとして、ちょっと眠たくなる。
お兄ちゃんは僕の耳をなめて、ゆっくりと僕をベッドへ押し倒す。首筋を舐められる。気持ち悪いと思う。でも僕は抵抗しないし声も出さない。僕の居場所は、今はここしかないから他にどうしようもない。
かみさま、と僕は思う。そうすれば、怖いことも嫌なことも、いっしょくたに真っ白にしてしまえる気がして。少しはましになるような気がして。願わないから、望まないから、せめて名前を呼ばせてください。
かみさま。かみさま。かみさま。
かみさま。
一人暮らしをしはじめて、自分で自分を養って。
もうどんな服を着ても怒られない。
もうご飯を食べなくてもいい。
煙草だって自由に吸える。
お友達だって作っていいんだ。
夜遅くに帰っても、それどころか朝帰りしても、もう怒られることはないんだ罰を受けることはないんだ僕は自由だ!
と、思っていたのに。
やっぱりそんな僕には罰があるようで。
ある朝、名前を呼ばれた。
溜め息まじりの、怒った声。嫌悪と、侮蔑の声で。
そうだ休みの日でも7時までには起きなくてはお父さんに怒られる。何されるかわからないいやだいやだこわいこわい僕は跳ね起きる。
部屋には自分一人しかいないことに気付く。
ある夜、服を脱がされた。
部屋に引きこもり、ジャンクフードばかりを食べ続けた、お兄ちゃんの身体は大きくて、芋虫みたいな指が僕のワイシャツのボタンをはずしていく。気持ち悪い。
学生服は汚さないでほしいとそれだけ願った。一番の願いはそれじゃないのに。
目を覚ますと僕の目尻は濡れていた。不快だった。怖くて自分を抱きしめて思いきり泣いた。
ある日、怒られた。
あんた何考えてるかわかんないのよ。自分のことなんだから自分ではっきり言いなさい。
お母さんはそう言って僕に煙草の火を押しつけようとする。ふりなのだとわかってはいても、怖くて僕は目をつぶる。女の汚い笑い声。
何泣いてるの。泣きゃいいと思ってんの。
違うんですお母さん。僕はもう怖いばかりで、自分に希望なんてないんです。
大丈夫? と友人に声をかけられて、我にかえった。僕はつまんなさすぎてちょっと寝てたと嘘をつく。
これ、つまんねえな。友人はテレビのチャンネルを変える。ヒステリックに叫ぶ女優にかわり、真面目な顔をしたお兄さんが、本日のニュースを伝え始める。
僕の日常はこんな感じ。
という小説。