2012年02月15日 03時05分
追憶
タグ: 三輪車は片足乗せて蹴って進むもの 散歩 知的好奇心
思い出した。本当にフラッシュバックってあるんだな、ってくらい鮮明に。
私が3歳ぐらいの頃、自分の世界は三輪車で走る円形の世界だった。
地球も知らず、日本も知らず、自分の足で歩き、自分の目で見た世界。
その頃、三輪車は乗ってこぐものではなく、片足を乗せて蹴って進む高速機動用乗り物だった。事実、同年代の子供が乗る補助輪付きの自転車より二倍近く速かった。(周回速度換算)
家の前の道(家を囲むようにぐるりと車道が通っていた。)を周回していた時、視界に雲が入った。空を見上げ、その馬鹿でかい雲を見たとき、そういえばこの道を外れて、その先へいくとどうなるんだろうと考えた。
好奇心はそのまま行動力になり、知らない道へと足を運ばせた。近所のほったて小屋、汚い公園、母に連れて行ってもらった駄菓子屋、それを過ぎると未知の世界。
赤い家、青い家、土、石、じじい、ばばあ、こども、猫、犬、犬みたいなの、しらない匂い
目線は子供だから、へいの上は見えないし、そもそもモノを知らないから、それは色であったり形であったりするだけの何か。
万華鏡のよう、といっても万華鏡は知らないから、それはともかく「みたことのないもの」。
自宅からどんどん離れていっても、しらないをしることの楽しみで、頭はいっぱい。
でも、三輪車を蹴るのに疲れてふと、振り返ると、そこもしらない場所。前を見てもそう。その時の、その、焦燥感。全身から汗が滲む感触。見るもの、聞こえるもの、匂い、全て知らない。
そこからは風景を見ることもなくただひたすら三輪車を蹴ってもと来た道を戻る。多分戻ってる。そう信じる。
やがて、日が暮れ始め、世界が赤くなると、焦燥感はさらに強くなり、多分漏らしていた。死にたくないって感情に近い。命の危険を感じた。
でも、運がよかったのか、本当に道が真っ直ぐだったのか、そもそも、子供の足じゃあそこまで遠くへは行ってなかったのか。無事暗くなる前に家に帰ってから、母が泣きながら私を叱り、引っぱたいたような気がするが、それ自体はあまり記憶に無い。
自分の世界じゃない外の世界を認識したそのとき、「私」が生まれたんだと思う。あっけないもの。ままならないもの。生きていること。
長々と書いたけれども、その時の感覚、しらないをしるという快感、そして、焦燥感。それが私が私を認識した瞬間、自我の芽生えだったのだと思う。あまりにも強烈な感触。忘れてた。
そうして、私は保育園送りとなったわけで、そこでも色々(主に脱走)あったが馴染めず、家に閉じ込められる日も多かった気がする。
未だに私はその「焦燥感」と「しらないをしるという快感」が全ての行動原理となっているのは違いない。
なんかすっきりした。エッヘン 今日は良く眠れそうだ!あとで加筆修正しよう。とりあえず出しちゃおう。んむ。
inal
あーすっきりした。自分のルーツを思い出した感じ。また忘れたときの為に、もうちょっと読める文章にしよう、うん。
2012年02月15日 03時09分
inal
きっと、その瞬間という全員にあるんだぜ!思い出すこともないし、気に止めないけど、恐らくその「自我のルーツ」とも言えるその状況を認識することは、自分という存在を理解する上でとても重要だと思うんだぜ!自分の事だから全部知っている、人間なんてそう多くはないんだぜ!必ずしも自分で覚えている記憶だけで自分が形成s(ry
2012年02月20日 02時50分