白紙の日記

2023年12月18日 12時34分

ADHDと二次障害のうつ症状

私はADHDであることを伏せ働いている。
製造業で三ヶ月〜半年で覚えれば誰にでもできるような仕事だ。
今までの営業や運送に比べたら体力的にも精神的にも楽になったはず。

なのに社会人になってから疲れやすくなり、ずっと気だるい状態で働いている。
相変わらず発達障害由来のミスも多く、怒られるたびに自分の存在そのものを否定されたように過剰なくらいダメージを受けている。
部屋も踏み場のないゴミ屋敷のような散らかりようで、洗濯や衣替えもままならず今も夏服が転がってるくらいなのだ。

どうもこれらの症状は二次障害というらしく、ADHDであるが故らしいのだ。

前の医師はその知識がなく、仕事でミスを繰り返し、帰宅後も気力がなくなり家事もままないと繰り返し訴えたがスルーされ、転院したのだが
次のクリニックも話した感じマニュアル通りのやり方でただ薬を処方するのみな予感がするのだ。

ずっと自分を否定され、自分自身のできなさにイラつき、仕事の難易度や給与も減らしても適応でききれず、疲れ果ててただ週5なんとか勤務して残りの休みは何もできず、

人生とは何なのかと考えてしまう。

自分の能力は元からないのか、発揮できず。
自分の喜びや幸せのためになにか出来るわけでもなく。
沼地でもがいてなんとか息ができている状態を維持してるだけのように感じる。

気づいたらもう30歳、明らかに気力体力の衰えが現れ、様々な可能性が閉じて、手に入れたかもしれない幸せもバラバラに散ったタンポポの綿毛のようにもう帰ってこないように感じる。

今の仕事を捨てて、どこか旅立ちたい。中古で安いバンかバイクを買って日本を旅して、ホステルなんかで、同じ社会からあぶれても楽しく生きてる人達と僅かな交流ができたらいい。
海外に旅立ってその国の文化や街並み、空気を感じたい。

この望みを叶えれば将来の幸せは無くなるだろうか
いつか結婚できたら、子供は、老後の生活は、そういうものからは遠ざかる。

今の満足のために、将来孤独になり、まともな職にもつけず、となるかも知れない。

でも明日には事故で死ぬかもしれない。

何が正しいのか、なんのために生きているのかわからず苦しい。苦しみから開放されたい。

まるこめ

医者嫌いです、彼らは何も話を聞かない、お金がほしいだけ。

2024年01月18日 15時37分