イ為ポン次郎の日記

2019年02月27日 00時06分

カワイイだけじゃなくて動物をちゃんと見る

 けもフレ見てて思い出したエピソードがある、俺は昔からそこそこ生き物が好きでそれなりに勉強してきて結構知ってるつもりだった、しかしそれでも大学に行くまでは柵の外から見て知った気になっていたような気がした。

 大学の牧場にはそこそこデカいホルスタインの牛がいて近くで遊んでた時に柵の外から眺めて「おー牛だー」とか言って調子に乗って柵を越えて牛のそばまで行ってみたら思ったよりもデカくてビビって冷や汗をかいてしまったのだ。


 この経験は普段あんな貧弱でつまらない柵でもその安全装置がどれだけ俺らの認識を歪めてるかがよく分かった、アレが持つ安心感や間合いがフィルターとなり動物の持つ本来のフィジカルやパワーをかなり割合削いでいたのだ、だから愚かにも人間は動物園に行きライオンやクマやゾウを見てカワイイなどと抜かす、それが動物園という舞台装置が用意したフィルター越しに見ている存在であるとも知らずにそう言ってしまう、境界の向こう側で目線を同じくした時その感想が出ることは多分ない。


 そもそも野生動物の世界共通のルールとして舐められたり侮られたりすると生存を脅かされるという認識がある、そうであれば生き物というのは本来自身の持つポテンシャルを隠す方へ進化などしない、爪はより鋭く見えるように、筋肉はより力強く見えるように、能ある鷹は決して爪を隠さないのだ、家畜化されたホルスタインの雌牛ですらこれなのだからもっと洗練された野生動物ならこの比ではないはずだ。


 そう考えると海外で生の野生動物を撮影したりするカメラマンがどれだけの覚悟でやっているかと考えると凄い世界だと思ってしまう、あの距離感で襲われたら絶対に逃げられない距離で恐怖を感じてると相手に悟られないようにカメラを向けるのは並の度胸ではない、ほとんど異常なレベルだ。


 また一方で旭山動物園の行動展示という考え方をこの視点であらためて考えると、動物の色んな側面を知る事でもしカワイイ以外の感情で見る機会を与えられたならその大切さは計り知れない、少なくとも俺は動物に携わる仕事に就くならカワイイだけの感覚でああいう存在と付き合うべきじゃないと思っているので社会的意義は大きいと思う、心のどこかに動物に対する恐怖感や緊張感を持っていないと何か大きな間違いを起こすような気がしてならないのだ。


 念のため補足しておくが、行動展示ができてない動物園が悪だというつもりはなく、動物園は動物園として広く生きものに興味を持ってもらうという大切な意義があると俺自身考えている。

イ為ポン次郎

なんか試しにやってみたんだけど画像と混ぜると非常に読みにくい構成になるな・・・

2019年02月27日 00時07分

ひめお

自然にも同様に言えるよね。

2019年02月27日 00時13分

イ為ポン次郎

ひめおさん 画像に惑わされずによくあんなに読みにくいもんを読んでくれたもんや・・・

2019年02月27日 00時14分

イ為ポン次郎

魔法は尻から出る

2019年02月27日 00時47分

ぽんぽん

ワニ怖いね・・獣害の事件をたまにサイトで見るけど、自然は容赦ないなって感じます。

2019年02月27日 03時00分

イ為ポン次郎

ぽんぽんさん まぁ野性動物って大抵家畜より荒っぽいからね、でもみんなマジメに文章読んでくれて意外やわ、もっと画像をいじってくるかと思ったんやけど

2019年02月27日 12時35分